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試合後、シャワーを浴びて私服に着替えた霧山さんが、オレたちと合流した。
「霧山さん! おめでとうございます!」
オレと俊矢は月並みな言葉に心を込めて、霧山さんの勝利を祝福した。
霧山さんは、
「ありがとう」
と短く応えた。
その顔には、リングの上では見せなかった嬉しそうな笑みがひろがっていた。
メインイベントの試合を一緒に観たあと、霧山さんはオレたちとわかれた。
後援会の人たちが祝勝会をひらいてくれるので、霧山さんは主役として出席しなければならないそうだ。
オレと俊矢は、ふたりで会場の出口へ向かった。
「今日の霧山さん、すごくかっこよかったな」
オレが余韻(よいん)にひたるようにしてつぶやくと、俊矢はうなずいて応えた。
「そうですね。まさしく『完勝』って感じの勝利でしたね」
「完勝であると同時に『快勝』でもあったよね。空手は一撃(いちげき)で倒すことを理想にしてるって言うけど、強打を狙いすまして打つあの倒し方は、やっぱり空手の有段者ならではだよね。
とにかく、今日の霧山さんは最高にかっこよかったよ。まけたら引退というプレッシャーのなかであれだけの試合をやるんだから、本当にかっこいいよ、霧山さんは」
「そうでした、まけたらあとがなかったんでしたね。すっかり忘れてました」
俊矢の顔に笑みがこぼれた。
「おれも、今日の試合は霧山さんらしい勝ち方だったと思います。そして、胸が熱くなりました。『おれも早くあのリングに立ちたい』って、そう思いました」
それにはオレも同感だ。
霧山さんの試合はプロ候補生のオレたちにとっていい刺激になったと思う。
そしてオレは、またいちだんとボクシングが好きになった。
オレと俊矢は、後楽園ホールビルの外へでた。
「カツオさん。雨、やんでますよ」
俊矢に言われて、オレは天をあおいだ。
夜空には星がまたたいている。
「ほんとだ、やんでる……晴れたのは何日ぶりだろう」
「星が綺麗(きれい)ですね」
「……うん、綺麗だ」
今年はきっと、例年よりも梅雨明けが早くなるにちがいない。
そして、オレたちの熱(あつ)い夏がはじまるんだ。
<完>
ボクシングの構え方(巻末付録)
→スタンス
→スタンダード・ガード
→デトロイト・スタイル
→ピーカブー・スタイル
→ワイド・ガード(山木俊矢の構え方)
参考資料