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2018年6月5日火曜日

5 罪や過ちを消し去る

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5 罪や過ちを消し去る



 罪とは何か?

 それは、記憶のなかにある過去の出来事なんだ。
 人は、過去に縛られるべきじゃない。
 過去は過ぎ去り、いまはもうどこにもない。そんなものにとらわれてちゃいけないんだ。

 もちろん、犯した罪や過ちがなんでもかんでも許されるって意味じゃない。
 反省して改めることは絶対に必要だし、もし償(つぐな)いをする機会が与えられているのなら誠心誠意の償いをするべきだと思う。

 でも、改心して、ちがう人間になったのなら、過去のことはもう責(せ)めてはいけないんだ。
 それが他人であれ自分自身であれ、改心して生まれ変わった人を責めてはいけない。
 罪を負うべき人間は、いまはもう存在していないのだから。

2018年6月2日土曜日

4 私は、罪を犯したことはない(2)

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 ジムでの練習のあいだ、オレはずっと落ち着かなかった。
 あのメールを読んだ俊矢がジムにもどってきてくれることを期待する気持ちが胸にあって、どうしても集中できなかったんだ。

 15ラウンドの練習が終わった。

 俊矢は、ジムにこなかった。

 あのメールは、俊矢の心に響かなかったんだろうか?
 いや、それ以前に、俊矢はあのメールを読んでくれたのだろうか?

 落胆(らくたん)の思いにとらわれながら、オレは帰り支度をすませ、更衣室をでた。

2018年5月30日水曜日

4 私は、罪を犯したことはない(1)

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4 私は、罪を犯したことはない



 オレは、ジムに行く前に、俊矢にメールを打った。
 賢策くんから聞いた逸話を、そっくりそのままメールにした。

2018年5月29日火曜日

3 罪や過ちは消すことができないのか?(3)

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 誠一くんが、怪訝(けげん)な眼差しを賢策くんに向ける。
「……おまえ、さっきから俺たちの会話をひろって話をきれいにまとめてるけど、もしかしておまえ、最初から結論を知ってたんじゃないのか?」

「まあね。この問題については、以前に考えたことがあるからね」

そういうことは先に言え!

 オレと誠一くんは、声をそろえてツッコんだ。
 周囲の客が、驚いてオレたちのほうを見ている。

2018年5月26日土曜日

3 罪や過ちは消すことができないのか?(2)

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「考えれば考えるほど、むずかしい問題だよな」
 誠一くんが言った。
「俊矢くんのために『罪に縛られる必要はない』という結論にもっていかなければならないんだろうけど、でも、簡単にそう言えることじゃないよな」

「…………」

2018年5月23日水曜日

3 罪や過ちは消すことができないのか?(1)

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3 罪や過ちは消すことができないのか?



 駅前のバーガーショップを、オレたちは「いつもの場所」と呼んでいた。
 ここで寄り道して3人で駄弁(だべ)るのが日課になっていたからだ。

 でも、オレたちがそれぞれの『いま幸せ』を見つけてからは、あまりここへはきていない。3人でこの場所にくるのはひさしぶりだった。

 おのおのがドリンクだけを頼んで2階へと向かう。
 オレたちが「いつもの席」と呼んでいたところはすでにほかの客が座っていて、オレたちはやむを得ずほかの席に陣取ることになった。

 オレの向かい側に、誠一くんと賢策くんがならんで座る。

2018年5月22日火曜日

2 あんなに一生懸命だったじゃないか……(4)

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 どうしてなんだ、俊矢――
 その問いを、心から追い払うことにした。
『なぜ』とか『どうして』とかいう問いをくり返しても、解決策は見つからない。

 その代わりに、『どうすれば』と自分に問いかけることにした。

「どうすれば、俊矢はジムにもどってくるのか?」

 その問いをくり返しているうちに、
「どうすれば、俊矢を救えるのか?」
 という問いに変わった。

 そしてオレは気づいた、
「俊矢を救うには、俊矢の『罪悪感』を消すしかない」
 という事実に。

2018年5月19日土曜日

2 あんなに一生懸命だったじゃないか……(3)

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 今日のテストが終わった。

 帰り支度をしていると、賢策(けんさく)くんがオレのところへやってきた。

「カツオ、今日はジムに行くまで時間があるんだよね? だったら少し話さないか?」


 賢策くんは、この高校にはいってからできた友達のひとりだ。
 頭脳明晰で成績優秀、運動神経抜群でサッカーが得意、おまけにアイドル系の超イケメンときているのだから女子にはモテモテだ。
 でも完璧すぎるそのキャラクターのせいで、男子のあいだでは孤立しがちだったんだ。

2018年5月16日水曜日

2 あんなに一生懸命だったじゃないか……(2)

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 学校では、学年末テストがはじまっていた。
 でも、オレは集中できなかった。
 思うのは俊矢のことばかりだった。

 どうしてなんだ、俊矢?
 あんなに熱心に練習してたのに……。
 誰よりもボクシングに打ち込んでいたのに……。

2018年5月15日火曜日

2 あんなに一生懸命だったじゃないか……(1)

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2 あんなに一生懸命だったじゃないか……



「犯した罪が消えることはありません」

 あのとき俊矢は言った。

 ……本当にそうなのか?
 犯した罪は、けっして消えることはないのか?
 人は、いちど過ちを犯してしまったら、一生その罪を背負わなければならないのか?

 いったい『罪』ってなんだ?

2018年5月12日土曜日

1 ジムメイト(7)

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 なんだか俊矢の様子が変だった。
 深刻で、悲しげな顔をしている。

 オレたちは無言のまま、歩いていた。

 そのとき、空から白い粒(つぶ)のようなものがふわりと舞い落ちてきた。

「雪……」

 季節はずれの雪が、あたりの景色を一変(いっぺん)させる。

2018年5月11日金曜日

1 ジムメイト(6)

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 俊矢がオレの家をでたのは、日が傾きかけたころだった。
 暦(こよみ)のうえでは春だと言うのに、外は凍(こご)えそうなくらいに肌寒い。

 オレは、駅まで俊矢を送っていくことにした。
 べつに送るほどの道のりじゃないんだけど、でもオレは、俊矢と少しでも長く一緒にいたかったんだ。

2018年5月8日火曜日

1 ジムメイト(5)

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 オレたちは時間が経つのも忘れて、ボクシングの動画を鑑賞した。
 そのあいだ、オレたちが交わした会話はボクシングに関することばかりだったけど、その合間(あいま)に、少しだけほかのことも話した。

「オレの学校は、明日から学年末テストなんだ。といっても勉強はあまりしてないけどね、ジムワークだって休むつもりはないし。……俊矢の学校は、いつからテストなの?」

 オレがそう尋ねると、

「……学校へは、行ってないです」

 俊矢はきまりわるそうに言い、うつむいてしまった。

 何か事情があるみたいだな。どうやらよけいなことを訊(き)いてしまったらしい。これ以上は触れないほうがいいみたいだ。

2018年5月7日月曜日

1 ジムメイト(4)

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 日曜日――

 予定どおり、俊矢はオレの家を訪れ、ふたりでボクシング鑑賞会となった。
 俊矢とジム以外の場所で会うのは、これが初めてだった。

 家にあがった俊矢は、最初のうちは落ち着かない様子だったけど、オレの部屋へ行き、ロベルト・デュランの動画を観はじめるとすぐに、映像のファイトに夢中になった。

 俊矢と一緒に動画を観ながら、オレは映像のボクサーの動きについて熱く語った。

「いまの打ち方、見た? 脚(あし)の反動をフルに使ってるだろ。脚の力をうまく使うことで『全身で打つパンチ』を体現してるよね。それこそがデュランのハードパンチの秘訣(ひけつ)なんだ」

「いまデュランが脚をとめているのは、カウンターを狙ってるんだ。剣術で言うところの『後の先(ごのせん)』をとる戦法だね」

 オレはべつに、知識をふりかざして優越感にひたってたわけじゃない。
 映像のチャンピオンの動きを解説することで、ボクシングのテクニックや戦術をさりげなく俊矢に教えていたんだ。

2018年5月2日水曜日

1 ジムメイト(3)

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 3月――

 プロ候補生のオレたちの練習は激しさを増し、スパーリングをやる頻度(ひんど)が多くなった。

 スパーリングというのは、ヘッドギアを着用して、試合よりも大きいグローブを着けておこなう実戦練習のことなんだけど、月尾ジムのスパーリングは激しいことで知られている。
 練習とは名ばかりの真剣勝負なんだ。

 とはいえ、オレと俊矢がスパーリングで拳(こぶし)を交えることはない。階級がちがいすぎるからだ。
 オレは最軽量級のミニマム級(約47・6キロ)なんだけど、俊矢はその六階級も上のフェザー級(約57・1キロ)の体格なんだ。

2018年5月1日火曜日

1 ジムメイト(2)

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 俊矢の練習は、月尾会長が担当している。
 指導はトレーナーに任せるのが会長の方針なので、会長みずから教えるのはとてもめずらしいことだった。

 同期で入門した練習生はほかにも何人かいるけど、プロ志望ではいってきたのはオレと俊矢だけだった。

 プロ志望者には、入門から約3週間、精神的にきつい試練を与えるのが月尾ジムの方針だ。

 試練というのは、ジムで最初に教わるのが『立ち方』なんだけど、プロ志望者には「それしかやらせない」というものだ。
 許されている練習は、両手を腰に当てて半身(はんみ)をとり、前後に移動するだけ。

 3週間、これを課すことで、
『会長やトレーナーの言うことを素直に実行できるかどうか?』
『毎日おなじ練習のくり返しに耐えられるのかどうか?』
 それを試していた。

2018年4月30日月曜日

1 ジムメイト(1)



1 ジムメイト



 よく練習するやつだった。

 練習に関して、オレはひそかに自信を持っていた。ジムでいちばん練習熱心なのはオレだと思っていた。
 でもそれは、こいつがはいってくるまでのことだった。

 山木俊矢(やまき としや)――
 俊矢の練習ぶりは徹底していた。
 ひたむきに自分を追い込むその姿にはオレも脱帽(だつぼう)したよ。こいつにはとても敵(かな)わないって、素直に認めるしかなかったよ。

 本当にたいしたやつだよ、俊矢は。