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2018年8月20日月曜日

5 開眼(4)

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 試合後、シャワーを浴びて私服に着替えた霧山さんが、オレたちと合流した。

「霧山さん! おめでとうございます!」

 オレと俊矢は月並みな言葉に心を込めて、霧山さんの勝利を祝福した。

 霧山さんは、
「ありがとう」
 と短く応えた。

 その顔には、リングの上では見せなかった嬉しそうな笑みがひろがっていた。

2018年8月18日土曜日

5 開眼(3)

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 第2ラウンド、相手がとつぜん連打をしてきた。
 霧山さんにペースをにぎられたので、試合の流れを力押しで変えるつもりだ。

2018年8月11日土曜日

5 開眼(2)

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 霧山さんが赤コーナー側からリングにあがった。

 2階バルコニーからも霧山さんがいい顔をしているのが見てとれた。
 切れ長の目には自信に満ちた輝きがあり、真一文字(まいちもんじ)に結ばれた口もとは雄々しく引きしまっている。
 サムライ然とした凜々(りり)しさが完全にもどっていた。

 青コーナー側から対戦相手がリングにあがった。
 精悍(せいかん)な顔立ち。
 カットの細かい筋肉が全身をおおっていて、調整がうまくいったことを物語っている。
 手強(てごわ)い相手と見てまちがいなかった。

2018年8月7日火曜日

5 開眼(1)

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5 開眼



『構え』とは何か?

 それは、ニュートラル・ポジション――中立の位置のことなんだ。

 中立のこの姿勢は、攻撃、防御、移動、すべての動作の中心地となる。
 だから、構えがみだれたらすべてがみだれてしまう。

 逆に、構えをしっかりと保つことができたら、すべてが良くなる。

 すべては『構え』からはじまる――
 そう言っても過言じゃないくらい、構えはボクシングの要(かなめ)なんだ。

2018年8月3日金曜日

4 霧山一拳のボクシング

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4 霧山一拳のボクシング



 その翌日から、霧山さんの動きが見ちがえるように良くなった。
 しっかり半身(はんみ)をとって立ち、ガードを高くあげ、構えをくずさないように意識している。
 ガードを高くあげているけど、力(りき)みはない。肩を小さく揺らすようにしてリズムをとっている。

2018年8月1日水曜日

3 ボクシングにおける構えとは?(4)

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 オレと霧山さんは、レインウェアを着込み、ふたりで一緒にジムをでた。
 霧山さんも自転車でジムにかよっている。
 雨は、あいかわらず降りつづいていた。

 ふたりとも自転車を押して、歩いて帰路(きろ)についた。
 途中まで帰り道はおなじだった。
 オレも霧山さんも言葉を口にしなかったけど、暗黙の了解であるかのように、黙って肩をならべて歩いていた。

2018年7月31日火曜日

3 ボクシングにおける構えとは?(3)

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「一拳――」
 滝本さんが、いちだんと険(けわ)しい声で沈黙をやぶった。
「おまえは構えに対する理解がたりない。おまえがとったあの構えは、ニュートラル・ポジションになっていない。相手のパンチに反応できず、パンチをまともに喰らったのがその証拠だ」


「…………」

 霧山さんは何も言葉を返せずに黙り込んでいる。
 事実を突きつけられてしまったら反論なんてできないだろう。

2018年7月24日火曜日

3 ボクシングにおける構えとは?(2)

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 滝本さんは厳格な顔にもどり、霧山さんに視線を向けた。

「よく聞け、一拳。ボクシングにおける構えはニュートラル・ポジション――中立の位置のことなんだ。
 中立のこの姿勢は、攻撃、防御、移動の中心地にあたる。どんな動作もすべてこの姿勢からはじまるんだ。だから、この中立の姿勢がみだれたら、すべてがみだれることになる――
 そしてそれが、いまのおまえに起こっていることだ!」

「…………!」


 霧山さんは愕然(がくぜん)となっている。

2018年7月21日土曜日

3 ボクシングにおける構えとは?(1)

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3 ボクシングにおける構えとは?



 会議用テーブルをはさんで霧山さんと滝本さんの視線がぶつかった。
 そのまま睨(にら)み合う。
 真剣勝負のような緊張感だった。

2018年7月17日火曜日

2 スパーリング(4)

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 テレビの画面に、霧山さんと俊矢のスパーリングが映(うつ)しだされた。
 俊矢が果敢(かかん)に前にでて攻撃をしかけていく。
 霧山さんはむかえ撃ち、開始早々、乱打戦になる。

2018年7月10日火曜日

2 スパーリング(3)

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「会長……」
 滝本さんが対角線上のセコンドに向かって言った。
「これ以上はつづけてもおなじです。今日のスパーは終了にしてください」

 会長はうなずいて返答し、霧山さんと俊矢にリングを降りるよう言い渡した。

 3ラウンド予定していたスパーリングは、1ラウンドで終了になった。
 オレはビデオの録画を停止した。

2018年7月6日金曜日

2 スパーリング(2)

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 スパーリングがはじまった。
 霧山さんと俊矢が、それぞれ自陣のコーナーから進みでて、リングの中央で対峙(たいじ)する。

2018年7月3日火曜日

2 スパーリング(1)

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2 スパーリング



 霧山さんのスパーリングの相手は、山木俊矢(やまき としや)だった。

 俊矢は、オレより二ヶ月おくれて入門したプロ候補生だ。そして、オレの最良のジムメイトでもある。
 黒髪を真ん中から分けていて、見た目からは『真面目(まじめ)そうな好青年』という印象を受ける。でも、ボクシング・スタイルはものすごく攻撃的で、野獣のように荒々しい。


 階級は、霧山さんとおなじフェザー級。

 ちなみにスパーリングというのは、ヘッドギアを着用し、試合よりも大きいグローブを着けておこなう実戦練習のことだ。
 月尾ジムのスパーリングは激しいことで知られていて、練習とは名ばかりの真剣勝負なんだ。

2018年6月29日金曜日

1 スランプ(4)

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 それからの霧山さんは、さらにひどいスランプになった。
 不安、あせり、何をやってもうまくいかないことに対する苛立(いらだ)ち――
 ネガティブな感情に突き動かされ、ハード・トレーニングで自分を追い込んでいく。

 でも、心がネガティブな状態でがんばっても、ネガティブな結果にしかならないんだ。
 必死になってがんばるほど、調子はどんどん落ちていった。

2018年6月26日火曜日

1 スランプ(3)

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 はじめての敗北――
 霧山さんの精神的なショックは計り知れないほどに大きかった。
 顔はやつれ、目は落ちくぼみ、思い詰めた表情が張りついている。

 霧山さんは、いままで以上にハード・トレーニングをするようになった。
 でもそれは、うまくいかない焦燥感(しょうそうかん)にせきたてられてのことだった。

 不安にとりつかれた状態でたくさん練習しても効果はでない。
 むしろ逆効果だった。
 オーバーワーク(過剰練習)も加わって霧山さんはますます体調をくずしていく。
 すべてが悪循環だった。

 そして、霧山さんはスランプになった。

2018年6月19日火曜日

1 スランプ(2)

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 対戦相手は、サウスポー(左構え)の選手だった。

 第1ラウンド、試合開始から1分もしないうちに、霧山さんの右ストレートが真正面から顎(あご)にヒットし、対戦相手はダウンした。

 相手は立ちあがったものの、足がふらついていた。
 効(き)いてる!
 霧山さんはたたみかけにいった。

2018年6月15日金曜日

1 スランプ(1)



1 スランプ



 霧山(きりやま)さんがスランプだった。

 今日もまた、滝本(たきもと)さんの怒声(どせい)がジムに響きわたる。
「立ち方をみだすな! しっかり構えろ!」

 練習生のオレの目から見ても、霧山さんの動きはガタガタだった。
 攻撃は乱雑で威力がなく、防御は反応がおそくてよけきれていない。

 霧山さんは、3週間後に試合をひかえていた。
 調整のために残された時間はあとわずかだった。
 なのに復調の兆(きざ)しは見られない。それどころか日増しに動きがわるくなっていく。

 ちかごろの霧山さんは顔が深刻に強張(こわば)っていて、まよいと苦悩が目に見えてあらわれていた。

 霧山さんは、オレにとって兄弟子(あにでし)のような存在だ。
 その霧山さんが不調で苦しんでいる。
 見ているのがつらくて、なんとか力になれないものか、と思わずにはいられない。

 だけど、練習生のオレにできることなんて何もなかった。