1 スランプ
霧山(きりやま)さんがスランプだった。
今日もまた、滝本(たきもと)さんの怒声(どせい)がジムに響きわたる。
「立ち方をみだすな! しっかり構えろ!」
練習生のオレの目から見ても、霧山さんの動きはガタガタだった。
攻撃は乱雑で威力がなく、防御は反応がおそくてよけきれていない。
霧山さんは、3週間後に試合をひかえていた。
調整のために残された時間はあとわずかだった。
なのに復調の兆(きざ)しは見られない。それどころか日増しに動きがわるくなっていく。
ちかごろの霧山さんは顔が深刻に強張(こわば)っていて、まよいと苦悩が目に見えてあらわれていた。
霧山さんは、オレにとって兄弟子(あにでし)のような存在だ。
その霧山さんが不調で苦しんでいる。
見ているのがつらくて、なんとか力になれないものか、と思わずにはいられない。
だけど、練習生のオレにできることなんて何もなかった。