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第2ラウンド、相手がとつぜん連打をしてきた。
霧山さんにペースをにぎられたので、試合の流れを力押しで変えるつもりだ。
霧山さんは冷静に対処した。
パリング、ブロッキング、ステップワークを駆使して、つづけざまに飛んでくるパンチを丁寧(ていねい)にさばいていく。
くずれない構えがあるからこそ可能な防御だった。
防御をしながら、霧山さんはショートパンチ(小振りの打撃)を相手の顔面やボディにヒットさせた。
あいてる的(まと)を正確にとらえている。
果敢(かかん)に攻めているのは相手のほうなのに、当たっているのは霧山さんのパンチばかりだった。
「霧山さん、ナイスパンチ!」
「いいですよ! 有効打ですよ!」
オレと俊矢は歓喜の声をあげた。
会場からも霧山さんのパンチが当たるたびに歓声があがっている。
興奮が高まるなか、第2ラウンドが終了した。
あきらかに霧山さんが制(せい)したラウンドだった。
第3ラウンドは、ふたたび中間距離での闘いになった。
霧山さんの左ジャブが、対戦相手の顔にするどくヒットする。
霧山さんはリング・ゼネラルシップ(闘いの主導権)を完全に掌握(しょうあく)していた。
いつもセコンドで怒声(どせい)を張りあげていた滝本さんも、今日は落ち着いた声で、
「いいぞ、その調子だ」
「ナイスパンチ」
と肯定的な言葉をリングに投げかけている。
対戦相手がひるんだ表情を見せた。
霧山さんのジャブをきらい、顔をそむけるような仕草(しぐさ)をした。
その一瞬の隙(すき)を霧山さんはのがさなかった。
矢のように放たれた右ストレート!
霧山さんの右拳が相手の顎(あご)をきれいにとらえ、バチィーン、という大きな音が会場に響き渡った。
次の瞬間、対戦相手は糸の切れた操り人形みたいにべしゃっとくずれ落ちた。
「「よっしゃあぁぁぁ!」」
オレと俊矢は、声をそろえて歓喜の声をあげた。
レフェリーのカウントが進んでいく。
対戦相手はカウント8で立ちあがり、ファイティングポーズをとった。
試合が再開された。
相手はまだ足がふらついていてダメージから回復していない。
霧山さんは詰めに向かった。
「霧山さん、落ち着いて! 構えをしっかりとって!」
オレはバルコニーから叫んだ。
でも、その必要はなかった。
オレが言うまでもなく霧山さんは落ち着いていた。
ガードを高くあげ、肩を小刻(こきざ)みに揺らしながら、じりじりと間合いを詰めていく。
その目は、照準を定めたスナイパー(狙撃手)のようだった。
そして――
狙いすました右ストレートが一閃(いっせん)した!
バチィィィ、という高い音をたてて、拳(こぶし)が相手の顎(あご)をつらぬいた。
対戦相手は前のめりにバタンと倒れた。
意識がとんでしまっている倒れ方だった。
レフェリーが両手を高くあげて左右に振った。
ゴングが打ち鳴らされる。
テクニカル・ノックアウトだ!
「「うおおぉぉぉぉ! やったぁぁぁぁぁぁ!」」
オレと俊矢は跳(と)びあがって歓喜した。
会場が歓声でわき返っている。
レフェリーが霧山さんの手をあげて、勝者の宣告をした。
観衆は割れんばかりの拍手喝采(はくしゅ・かっさい)で霧山さんの勝利を讃(たた)えている。
霧山さんは、対戦相手が意識をとりもどしたことを確認すると、リングの中央に立った。
表情をくずすことなく、凜々(りり)しい顔で四方に礼をして喝采に応える。
かっこいい!
メチャクチャかっこいい!
やっぱり霧山さんは、現代のサムライだ!
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