2018年8月18日土曜日

5 開眼(3)

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 第2ラウンド、相手がとつぜん連打をしてきた。
 霧山さんにペースをにぎられたので、試合の流れを力押しで変えるつもりだ。

 霧山さんは冷静に対処した。
 パリング、ブロッキング、ステップワークを駆使して、つづけざまに飛んでくるパンチを丁寧(ていねい)にさばいていく。
 くずれない構えがあるからこそ可能な防御だった。

 防御をしながら、霧山さんはショートパンチ(小振りの打撃)を相手の顔面やボディにヒットさせた。
 あいてる的(まと)を正確にとらえている。
 果敢(かかん)に攻めているのは相手のほうなのに、当たっているのは霧山さんのパンチばかりだった。

「霧山さん、ナイスパンチ!」

「いいですよ! 有効打ですよ!」

 オレと俊矢は歓喜の声をあげた。
 会場からも霧山さんのパンチが当たるたびに歓声があがっている。

 興奮が高まるなか、第2ラウンドが終了した。
 あきらかに霧山さんが制(せい)したラウンドだった。



 第3ラウンドは、ふたたび中間距離での闘いになった。
 霧山さんの左ジャブが、対戦相手の顔にするどくヒットする。

 霧山さんはリング・ゼネラルシップ(闘いの主導権)を完全に掌握(しょうあく)していた。
 いつもセコンドで怒声(どせい)を張りあげていた滝本さんも、今日は落ち着いた声で、
「いいぞ、その調子だ」
「ナイスパンチ」
 と肯定的な言葉をリングに投げかけている。

 対戦相手がひるんだ表情を見せた。
 霧山さんのジャブをきらい、顔をそむけるような仕草(しぐさ)をした。

 その一瞬の隙(すき)を霧山さんはのがさなかった。

 矢のように放たれた右ストレート!

 霧山さんの右拳が相手の顎(あご)をきれいにとらえ、バチィーン、という大きな音が会場に響き渡った。


 次の瞬間、対戦相手は糸の切れた操り人形みたいにべしゃっとくずれ落ちた。

よっしゃあぁぁぁ!

 オレと俊矢は、声をそろえて歓喜の声をあげた。

 レフェリーのカウントが進んでいく。

 対戦相手はカウント8で立ちあがり、ファイティングポーズをとった。

 試合が再開された。

 相手はまだ足がふらついていてダメージから回復していない。
 霧山さんは詰めに向かった。

「霧山さん、落ち着いて! 構えをしっかりとって!」
 オレはバルコニーから叫んだ。

 でも、その必要はなかった。
 オレが言うまでもなく霧山さんは落ち着いていた。
 ガードを高くあげ、肩を小刻(こきざ)みに揺らしながら、じりじりと間合いを詰めていく。
 その目は、照準を定めたスナイパー(狙撃手)のようだった。

 そして――

 狙いすました右ストレートが一閃(いっせん)した!

 バチィィィ、という高い音をたてて、拳(こぶし)が相手の顎(あご)をつらぬいた。

 対戦相手は前のめりにバタンと倒れた。
 意識がとんでしまっている倒れ方だった。

 レフェリーが両手を高くあげて左右に振った。
 ゴングが打ち鳴らされる。
 テクニカル・ノックアウトだ!

うおおぉぉぉぉ! やったぁぁぁぁぁぁ!

 オレと俊矢は跳(と)びあがって歓喜した。

 会場が歓声でわき返っている。

 レフェリーが霧山さんの手をあげて、勝者の宣告をした。
 観衆は割れんばかりの拍手喝采(はくしゅ・かっさい)で霧山さんの勝利を讃(たた)えている。

 霧山さんは、対戦相手が意識をとりもどしたことを確認すると、リングの中央に立った。
 表情をくずすことなく、凜々(りり)しい顔で四方に礼をして喝采に応える。

 かっこいい!
 メチャクチャかっこいい!

 やっぱり霧山さんは、現代のサムライだ!

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