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5 開眼
『構え』とは何か?
それは、ニュートラル・ポジション――中立の位置のことなんだ。
中立のこの姿勢は、攻撃、防御、移動、すべての動作の中心地となる。
だから、構えがみだれたらすべてがみだれてしまう。
逆に、構えをしっかりと保つことができたら、すべてが良くなる。
すべては『構え』からはじまる――
そう言っても過言じゃないくらい、構えはボクシングの要(かなめ)なんだ。
構えに求められるのは、生命的な中立――生きた中立だ。
とまったまま動かないのは、生命のない物体的な中立だ。それはボクシングの構えに求められる中立じゃない。
生きた中立というのは、とまることなく、流動的(りゅうどうてき)に動きつづけているんだ。
中心の付近をゆるやかに偏(かたよ)ることなく動きつづけている。
それこそが構えに活かされる中立なんだ。
だからこそ、ボクシングではリズムが重視されているんだ。
攻撃や防御をしていないときもけっしてとまらない。リズムをとることで構えの姿勢のままやわらかく動きつづける。
この「ゆるやかに動きつづけている状態」が、生きた中立になる。いつでも瞬時に反応できる状態になる。
それこそが、本物の『構え』なんだ。
この構えの理論を、オレは人生にあてはめて考えてみた。
オレにとってのニュートラル・ポジション、オレの精神の中心地――
それはやっぱり『いま幸せ』なんだと思う。
昨年の11月、ある出来事を機に、オレは、誠一くんと賢策くんと3人で、「本当の幸せってなんだ?」ということについて話し合った。
そして、たどりついた結論が、
「幸せは未来にはない。幸せになりたければ『いま』でなければダメなんだ」
ということだった。
それがきっかけとなって、オレはボクシングをはじめた。
オレはずっとボクシングという競技に憧(あこが)れていた。はじめる勇気を持てずにいたけど、ずっとボクシングが好きだったんだ。
だからオレの『いま幸せ』は、ボクシング以外には考えられないんだ。
そしてオレはその気持ちを、生きていくうえでの『構え』にしようと思うんだ。
つらいことがあったり、なやんだり、落ち込んだり、心が揺れ動くことがあったとしても、
「ボクシングが好き」
その想いをけっして忘れることなく、その想いを中心にさだめて、この世界を生きていこうと思うんだ。
きっとそれが、
「自分を見失わない」
「心がぶれない」
ということだと思うんだ。
オレは、そう思うんだよ。
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霧山さんの試合の日がやってきた。
6月の雨が今日も降りそそいでいる。
オレは俊矢とともに、霧山さんを応援するため後楽園ホールへ足をはこんだ。
メインイベントの試合が日本タイトルマッチということもあり、席は観客でうめつくされ、立ち見がでるほどの超満員だった。
オレと俊矢は、会場2階のバルコニーにあがった。
ここからだと立ち見になるんだけど、通(つう)なボクシング・ファンは、このバルコニーからの観戦を好んでいる。
ななめ上方から見おろすかたちになり、リング全体を視界にとらえることができるからだ。
ボクサーのフットワークの道筋(みちすじ)だってここからだとよく見えるんだ。
霧山さんの試合は、第四試合目だった。
前座の一試合目から白熱した試合がつづき、大きな歓声があがっている。
観衆のボルテージは高まり、会場全体が熱気につつまれている。
ボクサーにとっては最高のファイト環境だ。
そして、いよいよ第四試合目――霧山さんの出番になった。
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