2018年8月1日水曜日

3 ボクシングにおける構えとは?(4)

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 オレと霧山さんは、レインウェアを着込み、ふたりで一緒にジムをでた。
 霧山さんも自転車でジムにかよっている。
 雨は、あいかわらず降りつづいていた。

 ふたりとも自転車を押して、歩いて帰路(きろ)についた。
 途中まで帰り道はおなじだった。
 オレも霧山さんも言葉を口にしなかったけど、暗黙の了解であるかのように、黙って肩をならべて歩いていた。

「自分が、あまかった……」
 ふいに、霧山さんが口をひらいた。
「空手の有段者というおごりを持ち込まず、真っ白な心でボクシングを学ぶ――入門するときにそう誓った。
 なのに、自分にあまさがあった。おごりがあった。謙虚な気持ちでボクシングを学んでいなかった。
 武道的な精神論に凝(こ)りかたまっていたんだ。そのせいで、構えの意味を机上の空論にしてしまった。
 そして、その空論に固執したせいで、滝本さんの教えがまったく身についていなかった。慢心(まんしん)以外のなにものでもない」

 みずからを戒(いまし)めるかのような口調だった。
 寡黙(かもく)な霧山さんがこんなふうに気持ちをさらけだすなんて、思いもよらないことだった。

 オレは、となりで自転車を押している霧山さんを見つめた。
 レインウェアのフードごしに見えるその横顔は、意外にも晴れ晴れとしていた。

「おかげで、目が覚めたよ」
 霧山さんは言った。やはり晴れ晴れとした声だった。
「カツオ、ありがとな。練習を休んで付き合ってくれて」

「そんな……オレのほうこそ、ありがとうございます。すごく勉強になりました」

 霧山さんはレインウェアのフードのなかで、笑みを浮かべた。

 この瞬間、オレは「もうだいじょうぶだ」と確信した。
 滝本さんが伝えたかったことは、ぜんぶ霧山さんに伝わっている。
 絶対に、もうだいじょうぶだ!

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