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オレと霧山さんは、レインウェアを着込み、ふたりで一緒にジムをでた。
霧山さんも自転車でジムにかよっている。
雨は、あいかわらず降りつづいていた。
ふたりとも自転車を押して、歩いて帰路(きろ)についた。
途中まで帰り道はおなじだった。
オレも霧山さんも言葉を口にしなかったけど、暗黙の了解であるかのように、黙って肩をならべて歩いていた。
「自分が、あまかった……」
ふいに、霧山さんが口をひらいた。
「空手の有段者というおごりを持ち込まず、真っ白な心でボクシングを学ぶ――入門するときにそう誓った。
なのに、自分にあまさがあった。おごりがあった。謙虚な気持ちでボクシングを学んでいなかった。
武道的な精神論に凝(こ)りかたまっていたんだ。そのせいで、構えの意味を机上の空論にしてしまった。
そして、その空論に固執したせいで、滝本さんの教えがまったく身についていなかった。慢心(まんしん)以外のなにものでもない」
みずからを戒(いまし)めるかのような口調だった。
寡黙(かもく)な霧山さんがこんなふうに気持ちをさらけだすなんて、思いもよらないことだった。
オレは、となりで自転車を押している霧山さんを見つめた。
レインウェアのフードごしに見えるその横顔は、意外にも晴れ晴れとしていた。
「おかげで、目が覚めたよ」
霧山さんは言った。やはり晴れ晴れとした声だった。
「カツオ、ありがとな。練習を休んで付き合ってくれて」
「そんな……オレのほうこそ、ありがとうございます。すごく勉強になりました」
霧山さんはレインウェアのフードのなかで、笑みを浮かべた。
この瞬間、オレは「もうだいじょうぶだ」と確信した。
滝本さんが伝えたかったことは、ぜんぶ霧山さんに伝わっている。
絶対に、もうだいじょうぶだ!
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