2018年7月6日金曜日

2 スパーリング(2)

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 スパーリングがはじまった。
 霧山さんと俊矢が、それぞれ自陣のコーナーから進みでて、リングの中央で対峙(たいじ)する。

 先にしかけたのは俊矢だった。
 ガードを高くあげた構えから左右のパンチを放ち、積極的に攻めていく。

「いいぞ、俊矢」
 会長がセコンドから声をあげた。
「そのまま攻めつづけろ。つねに先手をとるんだ」

 俊矢の猛攻を、霧山さんはむかえ撃った。
 両者がリングの中央で打ち合い、開始早々、乱打戦になった。

「一拳、相手のペースに付き合うんじゃない!」
 滝本さんがあわてた声を張りあげる。
「相手をよく見ながら距離をとりなおせ! しっかり構えて、冷静に受け流すんだ!」

 だけど、滝本さんの指示は霧山さんにとどかなかった。
 俊矢のペースに巻き込まれ、乱打戦に応じている。

 あきらかに霧山さんは打ちまけていた。
 いくら俊矢が打ち合いに強いとはいえ、本来であればB級プロボクサーの霧山さんが打ちまけるはずはない。
 でも、気負(きお)いのせいで霧山さんの動きはかたく、力(りき)みが激しかった。くりだすパンチにはキレも正確さもない。
 霧山さんの攻撃はほとんどヒットせず、逆に俊矢の猛攻を防ぎきれずにパンチをまともにもらっていた。

「あせるな、一拳! ガードをあげて、しっかり構えろ!」
 滝本さんが叫ぶようにして声を張りあげた。

 今度の指示は、霧山さんにとどいた。
 霧山さんはガードをあげて構えをとりなおす。

 だけど、俊矢の猛攻は防げなかった。
 ガードの隙間(すきま)にねじ込むフックやボディブローをまともに喰らい、ずるずると後退していく。


「ちがう、一拳! ガチッとかたまるんじゃない! 構えをとるんだ!」
 滝本さんが歯がゆそうに声を張りあげた。

 だけど、霧山さんの動きは良くならない。
 パンチをよけきれず、ひるむようにして後退していく。

 霧山さんはロープぎわに追い込まれた。
 ロープに釘付(くぎづ)けにされた状態で、俊矢の連打を浴びる。

「ああ、一拳……」
 滝本さんの口からでてきたのは指示ではなく、悲痛なうめき声だった。

 そのとき、ラウンド終了のブザーが鳴った。

 霧山さんはゴングに救われたかたちになった。

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