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スパーリングがはじまった。
霧山さんと俊矢が、それぞれ自陣のコーナーから進みでて、リングの中央で対峙(たいじ)する。
先にしかけたのは俊矢だった。
ガードを高くあげた構えから左右のパンチを放ち、積極的に攻めていく。
「いいぞ、俊矢」
会長がセコンドから声をあげた。
「そのまま攻めつづけろ。つねに先手をとるんだ」
俊矢の猛攻を、霧山さんはむかえ撃った。
両者がリングの中央で打ち合い、開始早々、乱打戦になった。
「一拳、相手のペースに付き合うんじゃない!」
滝本さんがあわてた声を張りあげる。
「相手をよく見ながら距離をとりなおせ! しっかり構えて、冷静に受け流すんだ!」
だけど、滝本さんの指示は霧山さんにとどかなかった。
俊矢のペースに巻き込まれ、乱打戦に応じている。
あきらかに霧山さんは打ちまけていた。
いくら俊矢が打ち合いに強いとはいえ、本来であればB級プロボクサーの霧山さんが打ちまけるはずはない。
でも、気負(きお)いのせいで霧山さんの動きはかたく、力(りき)みが激しかった。くりだすパンチにはキレも正確さもない。
霧山さんの攻撃はほとんどヒットせず、逆に俊矢の猛攻を防ぎきれずにパンチをまともにもらっていた。
「あせるな、一拳! ガードをあげて、しっかり構えろ!」
滝本さんが叫ぶようにして声を張りあげた。
今度の指示は、霧山さんにとどいた。
霧山さんはガードをあげて構えをとりなおす。
だけど、俊矢の猛攻は防げなかった。
ガードの隙間(すきま)にねじ込むフックやボディブローをまともに喰らい、ずるずると後退していく。
「ちがう、一拳! ガチッとかたまるんじゃない! 構えをとるんだ!」
滝本さんが歯がゆそうに声を張りあげた。
滝本さんが歯がゆそうに声を張りあげた。
だけど、霧山さんの動きは良くならない。
パンチをよけきれず、ひるむようにして後退していく。
霧山さんはロープぎわに追い込まれた。
ロープに釘付(くぎづ)けにされた状態で、俊矢の連打を浴びる。
「ああ、一拳……」
滝本さんの口からでてきたのは指示ではなく、悲痛なうめき声だった。
そのとき、ラウンド終了のブザーが鳴った。
霧山さんはゴングに救われたかたちになった。
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