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「会長……」
滝本さんが対角線上のセコンドに向かって言った。
「これ以上はつづけてもおなじです。今日のスパーは終了にしてください」
会長はうなずいて返答し、霧山さんと俊矢にリングを降りるよう言い渡した。
3ラウンド予定していたスパーリングは、1ラウンドで終了になった。
オレはビデオの録画を停止した。
先にリングを降りてきた俊矢に、
「ナイスファイト」
と声をかけた。
俊矢は複雑な表情を浮かべた。
自分が良かったというより霧山さんがわるかっただけだ、と言いたげな顔だった。
霧山さんは呆然(ぼうぜん)とリングに立ちつくしている。
滝本さんはリングを一瞥(いちべつ)し、
「一拳、いつまでそこにいるつもりだ。リングを降りて事務室へこい」
そう言い放って、セコンドからはなれた。
霧山さんは、去っていく滝本さんの後ろ姿をくやしそうな顔で見つめている。
やがてそれは落胆の表情へと変わり、霧山さんは肩を落としてリングから降りた。
オレは、霧山さんにかけるべき言葉が見つからなかった。
「カツオ」
滝本さんがオレのもとへやってきた。
「スパーはちゃんと録画できたか?」
「はい」
「よし。そのビデオカメラを持って、おまえも事務室へこい」
「……オレもですか?」
「スパーの内容を検証しながら、一拳の問題点と改善策を説明する。
ここまで付き合ったんだ、おまえも俺の話を聞いておけ」
滝本さんは、オレが返事をする間もないほど足早(あしばや)に立ち去り、事務室のなかに姿を消した。
オレは霧山さんのグローブをはずすのを手伝い、それからふたりで事務室に向かった。
霧山さんの頬(ほお)や鼻梁(びりょう)はうっすらと赤く痣(あざ)になっていた。
ヘッドギアをしていたとはいえ俊矢のパンチをあれだけもらったんだ。顔に痣だってできるだろう。
だけど、心のほうはもっと傷ついているにちがいない。
霧山さんは視線を落として唇をきつく噛みしめている。
オレと霧山さんは、事務室の扉をノックしてなかへはいった。
部屋の中央に会議用テーブルが置かれている。
滝本さんは腕組みの姿勢でテーブルに着いていた。
いかつい顔の滝本さんが、いつも以上に強(こわ)い面相になっている。
オレと霧山さんは、滝本さんと向かい合うかっこうでテーブルに着いた。
壁際(かべぎわ)の本棚に、ボクシングに関する雑誌や書籍、ボクシング動画がおさめられたディスクがずらりとならんでいる。
部屋の片隅には中型のテレビがある。
その傍(かたわ)らの壁面に貼り紙がしてあり、太字のフェルトペンで「ボクシング映像を視聴する場合のみ、テレビは使用可」と記されている。
「カツオ、さっき録画したスパーをテレビに映(うつ)せ」
滝本さんが険(けわ)しい声で言った。
オレはビデオカメラをテレビに接続し、録画した映像を再生させた。
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