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テレビの画面に、霧山さんと俊矢のスパーリングが映(うつ)しだされた。
俊矢が果敢(かかん)に前にでて攻撃をしかけていく。
霧山さんはむかえ撃ち、開始早々、乱打戦になる。
『一拳、相手のペースに付き合うんじゃない!』
テレビの音声が滝本さんの怒声(どせい)を再現した。
『相手をよく見ながら距離をとりなおせ! しっかり構えて、冷静に受け流すんだ!』
だけど、画面のなかの霧山さんは気持ちが先走っていて、打ち合いをやめようとはしない。
しかも気負(きお)いのせいで動きがガチガチだった。
練習生の俊矢を相手に打ちまけている。
「くっ……」
となりから、うめくような声が聞こえた。
オレは霧山さんを見やった。くやしそうな顔で画面を見つめている。いまさらながら本人にこの映像を見せるのは残酷なことのように思えた。
オレは向かい側の滝本さんに視線を移した。
険しい表情のまま、睨(にら)むような目で画面を凝視(ぎょうし)している。
「カツオ、いったんとめろ」
滝本さんに言われ、オレは一時停止ボタンを押した。
霧山さんが俊矢のパンチをまともにもらっているシーンで、映像はとまった。
「これはまた、ちょうどいいところでとめたな……」
滝本さんは苦笑した。
「一拳、見てみろ。おまえの不調の原因が、もののみごとに映しだされているぞ」
霧山さんはくやしそうな目で画面を見つめている。
でも、言葉はなかった。
滝本さんはつづけて言う。
「テレビに映ってるおまえの姿をよく見るんだ。スタンスがみだれて足が横にそろい、拳(こぶし)がさがってガードがなくなっている――それなんだよ、何もかもがうまくいかない原因は。
要するに、いまのおまえには『構え』がないんだ」
「…………」
「おまえは練習生を相手に打ちまけた。その差は、構えの有無(うむ)によって生じたものだ」
俊矢は構えを体に覚え込ませることで、打ちまくるだけの闘い方から攻撃と防御の精度をあげることに成功していた。
たしかに、しっかりした構えにはボクシングの質を高める効果があると思う。
「ですが……」
霧山さんが重い口をひらいた。
「自分は構えていないわけではありません。自分には、自分なりの構えがあります」
「言ったな、一拳――」
滝本さんが、口もとに不敵(ふてき)な笑みを浮かべた。
「ならば問う! 『構え』とはなんだ?」
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