2018年7月3日火曜日

2 スパーリング(1)

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2 スパーリング



 霧山さんのスパーリングの相手は、山木俊矢(やまき としや)だった。

 俊矢は、オレより二ヶ月おくれて入門したプロ候補生だ。そして、オレの最良のジムメイトでもある。
 黒髪を真ん中から分けていて、見た目からは『真面目(まじめ)そうな好青年』という印象を受ける。でも、ボクシング・スタイルはものすごく攻撃的で、野獣のように荒々しい。


 階級は、霧山さんとおなじフェザー級。

 ちなみにスパーリングというのは、ヘッドギアを着用し、試合よりも大きいグローブを着けておこなう実戦練習のことだ。
 月尾ジムのスパーリングは激しいことで知られていて、練習とは名ばかりの真剣勝負なんだ。



 練習場に設置されたリングに霧山さんと俊矢があがり、それぞれ自陣のコーナーに移動した。
 霧山さんのセコンドに滝本さんがつき、俊矢のセコンドには会長がつく。

 オレはビデオカメラをたずさえ、リングサイドに立った。
 兄弟子(あにでし)の霧山さんと、同期のジムメイトの俊矢――どちらかいっぽうを応援することなんてできないけど、今日ばかりはスランプで苦しんでいる霧山さんにがんばってほしいと願わずにはいられない。

 スパーリングは3ラウンドおこなわれる。

 俊矢の闘い方は、打って打って打ちまくり、ひたすら前にでるという攻撃型のボクシングだ。
 防御のあまさを克服するためガードを高くあげること、特に右の拳(こぶし)を顎(あご)の横につけるようにして構えることを、会長は徹底的に指導していた。

 オレは以前、ジムメイトとして俊矢にこうアドバイスしたことがある。
「たぶん、右の拳を顎の横につける構え方をさせているところを見ると、会長は俊矢にロベルト・デュランみたいなボクシングをやらせようと思ってるんじゃないかな」

 そしてオレは、俊矢を自宅に招き、ロベルト・デュランの動画を見せてあげた。
 模範(もはん)となる明確なイメージを得た俊矢は、飛躍的(ひやくてき)な上達を見せた。
 打ちまくるパンチのひとつひとつが正確になり、課題だった防御もうまくなってきている。

 ちかごろ、俊矢の成長は目ざましい。
 とはいえ、まだプロ志望の練習生だ。スランプ中とはいえB級プロボクサーの霧山さんが相手では、善戦するのが精一杯だろう。

「カツオ!」
 滝本さんがオレに向かって声を張りあげた。
「はじまるぞ。準備はいいか!」

「はい!」

 そう答えた直後に、ラウンド開始のブザーが鳴った。

 オレはビデオカメラを構え、録画をスタートさせた。

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