2019年3月5日火曜日

密着しているときは下にはいり込むほうが有利(2)

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「ああ、カツオ……」

 滝本トレーナーは、自分の指示がまちがっていたことに気づいた。
 星乃塚や俊矢の指示のほうが正しかった。
 フットワークを使って距離をとるべきだった。
 接近されたらクリンチして仕切り直すべきだった。

 なのに、ラッシュの指示をだしてしまった。
 そのせいで相手に密着され、間合いをつぶされてしまった。
 カツオにとって不慣れな接近戦をさせてしまい、相手に回復する時間を与えてしまった。
 そのあげく、形勢を逆転されてしまった。

「くそっ、俺のミスだ!」

 大賀烈がダウンしたのを見て、冷静さをうしなった。
 舞いあがっていた。
 あれだけのダメージを与えたのだからもう勝ったと思った。
 立ちあがったところでたたみかければすぐに終わると思った。

 あまかった。
 そんな雑(ざつ)な闘い方で勝てるような相手ではなかった。
 最後までカツオのボクシングをやらせるべきだった。
 アウトボクシングに徹(てっ)するべきだったのだ。

 カツオはガードを固め、烈のボディブローを懸命に耐えている。

 赤コーナーから、
「コンビネーション4!」
 と指示がでた。

 烈がボディフックの連打を、カツオの脇腹に叩き込む。

「カツオ、アッパーがくるぞ!」

 滝本トレーナーの言葉が終わる直前に、烈が左アッパーを顔面に向けて放った。

 カツオは、ぎりぎりのタイミングでスウェイした。
 烈の拳(こぶし)が、カツオの顔の前を下から上へとおりすぎていく。

 肝(きも)が冷えたその瞬間に、ラウンド終了のブザーが鳴った。

 練習生たちが一斉(いっせい)に安堵(あんど)のため息をもらす。

 カツオは、ゴングに救われた。

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