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「ああ、カツオ……」
滝本トレーナーは、自分の指示がまちがっていたことに気づいた。
星乃塚や俊矢の指示のほうが正しかった。
フットワークを使って距離をとるべきだった。
接近されたらクリンチして仕切り直すべきだった。
なのに、ラッシュの指示をだしてしまった。
そのせいで相手に密着され、間合いをつぶされてしまった。
カツオにとって不慣れな接近戦をさせてしまい、相手に回復する時間を与えてしまった。
そのあげく、形勢を逆転されてしまった。
「くそっ、俺のミスだ!」
大賀烈がダウンしたのを見て、冷静さをうしなった。
舞いあがっていた。
あれだけのダメージを与えたのだからもう勝ったと思った。
立ちあがったところでたたみかければすぐに終わると思った。
あまかった。
そんな雑(ざつ)な闘い方で勝てるような相手ではなかった。
最後までカツオのボクシングをやらせるべきだった。
アウトボクシングに徹(てっ)するべきだったのだ。
カツオはガードを固め、烈のボディブローを懸命に耐えている。
赤コーナーから、
「コンビネーション4!」
と指示がでた。
烈がボディフックの連打を、カツオの脇腹に叩き込む。
「カツオ、アッパーがくるぞ!」
滝本トレーナーの言葉が終わる直前に、烈が左アッパーを顔面に向けて放った。
カツオは、ぎりぎりのタイミングでスウェイした。
烈の拳(こぶし)が、カツオの顔の前を下から上へとおりすぎていく。
肝(きも)が冷えたその瞬間に、ラウンド終了のブザーが鳴った。
練習生たちが一斉(いっせい)に安堵(あんど)のため息をもらす。
カツオは、ゴングに救われた。
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