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密着しているときは下にはいり込むほうが有利
「打ってきた!」
俊矢は驚きの声をあげた。
「もう少しでレフェリーストップになりそうだったのに、あそこから反撃してきた! なんてしぶといんだ!」
カツオと烈は、打ち合いになっていた。
カツオは、ロープを背負(せお)いながら、左右のショートフックを烈の顔面に放っていく。
烈がクロス・アームブロックを解(と)いたため、パンチは顔面にヒットしていた。
烈は、顔にパンチを浴びながら、左右のボディアッパーをカツオのみぞおちに叩き込んでいく。
霧山が、
「これは、まずい展開だな……」
と、つぶやいた。
俊矢は驚いて霧山を見た。
「どうしてですか!? カツオさん、打ちまけてはいませんよ。手数(てかず)は多いし、顔面にパンチを当てています。ボディと顔面では顔面のほうが急所の度合いが大きいです。この状態がつづけば、打ち勝つのはカツオさんのほうなんじゃ――」
「俊矢」
星乃塚が俊矢の言葉をさえぎった。
「ふたりの体勢をよく見てみろ。おまえもファイター・タイプなんだから、わかるだろう?」
俊矢は、カツオと烈の体勢を注意ぶかく見た。
そして、あっ、と声をあげた。
「大賀選手が、カツオさんの顎(あご)に頭をつけてる……」
「そうだ。超接近戦において有利な体勢を、向こうがとってるんだ」
体が接するほどの超接近戦では、相手よりも体勢を低くして、頭を相手の顎のあたりにつけるようにする。そうすると打ち合いが有利になるのだ。
下にはいり込まれたほうは腰がのびてしまい、体重の乗ったパンチが打てなくなる。
逆に、下にはいり込んだほうは前傾姿勢をとることができるため、パンチに体重が乗る。
また、前傾していることによって生(しょう)じる空間を使えば、強いボディブローを放つことができる。
そして、前傾姿勢から瞬間的に体を起こすと顔の高さにも空間ができるため、隙(すき)を見て顔面にパンチを返すこともできるのだ。
星乃塚は言葉をつづける。
「カツオはアウトボクサーだ。もともと接近戦は得意じゃない。だから、いともたやすく相手に有利な体勢をとらせてしまった。あの距離だと、やはり大賀烈のほうに分(ぶ)がある」
「カツオはアウトボクサーだ。もともと接近戦は得意じゃない。だから、いともたやすく相手に有利な体勢をとらせてしまった。あの距離だと、やはり大賀烈のほうに分(ぶ)がある」
「驚くべきは」
霧山が言った。
「大賀選手の回復力だ。カツオのショートフックをもらってもビクともしない。カツオの腰が浮いていてパンチに体重が乗っていないにしても、効かなすぎる。さっきまで深刻なダメージを受けていたとは思えない。彼のフィジカルは、化け物じみている!」
「まったくだ」
星乃塚が言った。
「あいつを効かせるには顎を打つしかねぇ。だが、あの距離じゃムリだ。密着されてるうちは、さっきのワンツーは打てねぇ」
カツオの変則ワンツーは、接近した状態で打てる。
しかし、体が密着するほど接近されてしまっては、打つことができない。
ストレート系のパンチは正面に空間がなければ打てないのだ。
リングの上では、超接近戦の状態でカツオと烈が打ち合っている。
一見(いっけん)すると互角に打ち合っているように見えるが、実(じつ)があるのは烈のほうだった。体重が乗ったパンチを打っているのは烈のほうなのだ。
そのちがいが目に見えてあらわれはじめた。
カツオの手がとまったのだ。
ボディが効いてしまっている。腹をかばうようにしてガードを固め、烈の重いボディブローを防ごうとする。
「カツオさん、ガードをさげないで!」
俊矢が叫んだ。
その直後、前傾姿勢だった烈が瞬間的に上体を起こし、カツオの顔面めがけて左フックを放った。
カツオは、とっさにスウェイ(のけぞる防御)をして、烈のフックを空振りさせた。
「ナイスディフェンス!」
俊矢は声をあげた。
「あぶなかった! さすがカツオさん、よく反応した!」
しかし、安心してはいられなかった。
烈はすぐにまたカツオの顎に頭をつけ、有利な体勢をとる。
そしてボディブローの連打――ドスッ、ドスッ、という重々しい音が響き渡る。
カツオは耐えるのが精一杯で、反撃することができない。
攻める烈――
防戦一方のカツオ――
形勢は、完全に逆転した。
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