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いまが勝機だ――
カツオはそう判断した。
烈に体ごと押し込まれ、ロープを背にしているが、攻撃の手はとめない。左右のショートフックを連打する。
密着されているためストレートパンチを打つことはできないが、ずっと攻勢だった。烈は反撃してこない。ダメージが深くて反撃する力がない証拠だ。
ブロックの上からでも、このまま打ちつづけていれば、大賀選手は力尽きてダウンする――
カツオはそう見ていた。
滝本トレーナーも、このまま攻撃しつづけろ、と指示をだしている。
滝本トレーナーの声にまぎれてちがう指示も聞こえたが、自分の判断とおなじ滝本トレーナーの意見を採用した。
ロープを背負(せお)いながら左右のフックを連打する。
右、左、右、左――ブロックの上からパンチを叩き込んでいく。
かなりの数のパンチを打った。
しかし、烈は倒れる気配がない。
もしかして、効いてないのか……?
パンチを連打しながら、そんなことを思った。
だが、もし効いてなかったとしてもこのままでいいはずだ。
このまま一方的に打ちつづけていれば、勝負ありと見なされてレフェリーストップになる。
そうなれば、オレのテクニカル・ノックアウト勝ちだ!
「まずいな……」
赤コーナーの片倉会長は、あせりをおぼえていた。
ダウンから立ちあがったとき、片倉会長は『ファイトタイプE』の指示をだした。
ファイトタイプEは、ガードをかためて前進し、間合いをつぶしてピンチを脱出する戦法だ。
この戦法はうまくいった。クロス・アームブロックの構えのまま相手をロープまで押し込み、密着した状態を維持している。
相手はアウトボクサーだ。不慣れなショートフックには威力がない。このまま時間をかせげば烈はダメージから回復する。
とはいえ、一発も反撃せずにブロックしているだけなのは、さすがにまずい。このままだとレフェリーストップになってしまう。
現(げん)にレフェリー役の月尾会長はさっきからずっと烈の顔を見てばかりいる。深刻なダメージを受けていないか、戦意はうしなわれていないか、それを表情から読みとろうとしている。
もしほんのわずかでもダメージや戦意の喪失が見られたら、その瞬間にストップがかかってしまう。
少ない手数(てかず)でいい。烈も攻撃をしなくては……。
だが、烈にはまだ反撃をする力はなさそうだった。
あのダウンから立ちあがっただけでも奇跡なのだ。相手の攻撃を耐え忍ぶだけで精一杯なのはやむを得ないことだった。
「万事休(ばんじ・きゅう)す、か……」
片倉会長があきらめかけた、そのとき――
烈が、クロス・アームブロックの構えを解(と)いた。
ボディブローの連打で反撃を開始する。
「れ、烈! おまえってやつは!」
片倉会長は、目にした光景に鳥肌(とりはだ)が立った。
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