**********
リングのほぼ中央で、カツオと烈が接近した。
カツオがワンツーを放つ。
烈のX字型のブロックに当たった。
まだダメージが残っているのか、ブロックしたにもかかわらず烈の足がふらついた。
滝本トレーナーが声をあげる。
「いいぞ、カツオ! たたみかけろ!」
カツオは次のパンチを打つ態勢にはいった。
だが、パンチを放つよりもはやく烈が前進し、距離が詰まってしまった。
体が密着する。
カツオは、左右のショートフックを側面から叩き込んだ。
しかし、いずれも烈のクロス・アームブロックにはじき返された。
烈が、X字型に構えた腕で押し込むようにして、体を密着させたまま前進してきた。
「カツオ! 攻撃をとめるな!」
滝本トレーナーの指示がとぶ。
「くっ!」
カツオは烈に押し込まれながらも、歯をくいしばって左右のショートフックを放つ。
しかし、いずれもX字型のブロックにはね返されてしまった。
俊矢は、わが目をうたがった。
「な、なんだ、この状況は!? ピンチなはずの大賀選手が前進して、優勢なほうのカツオさんが後退している!?」
カツオは左右のショートフックで攻撃をつづけているが、クロス・アームブロックの構えで前進してくる烈に押され、後退を余儀(よぎ)なくされている。
カツオは、ロープ際(ぎわ)まで押し込まれてしまった。
俊矢は、はっとなった。
「そ、そうか! 大賀選手の前進が防御だという意味がわかりました!
ダメージを受けているはずの大賀選手が前進した理由――それは、間合いをつぶすことによってカツオさんのパンチ力を奪うためだったんですね!
パンチは相手との距離がなければ強く打てません。カツオさんの場合はなおさらです。ストレート系のパンチを得意とするアウトボクサーは、正面に空間がなければパンチを放つことができないのですから」
霧山は言う。
「これは、フルコンタクト系――直接打撃系の空手家がよく使う防御法だ。相手の強打を封じるために、積極的に前へでて間合いをつぶす。
一般的にピンチのときは後退して防御に専念しようとするものだが、それだと相手は前進しながら攻撃することになるため、勢いづいてしまう」
星乃塚は言う。
「カツオは体が密着するほどの超接近戦は得意じゃねぇ。アウトボクサーは接近戦をさけるのが基本戦術だからな。密着されたらクリンチしてレフェリーに引きはなしてもらい、仕切り直すのが定石(じょうせき)だ。
あの間合いじゃ、カツオは有効打を打つことができねぇ……」
体が密着するほど接近され、正面には空間がない。
カツオは側面の空間を使い、フックをショート(短打)で放っていくが、しかし、いまいち威力がない。
もともとショートフックはあまり得意ではないのだ。よわっているはずの烈が余裕(よゆう)をもってブロックしている。
「でも攻めているのはカツオさんのほうで、大賀選手は防戦一方ですよ」
俊矢が言うと、星乃塚と霧山はますますむずかしい顔になった。
霧山は言う。
「いまのところはそうだ。だが、有効打を当てられないのでは実(じつ)がない。優勢なのは見た目だけだ」
「そのとおりだ」
と、星乃塚は言う。
「大賀烈は、ああやって実のないパンチを受けとめながら時間をかせいでるんだ。つまり、強いパンチさえもらわなければ回復できると踏んでるのさ」
「そ、それじゃ、この展開は……大賀選手を復活させてしまうということですか!?」
俊矢の問いに、星乃塚と霧山は答えなかった。
その沈黙は肯定を意味していた。
俊矢はリングに向かって声をはりあげる。
「カツオさん、クリンチです! いったんクリンチして距離をとり直してください! それから得意なストレートパンチで勝負です!」
だが、俊矢の言葉と重なるようにして、青コーナーから指示がでた。
「カツオ、攻撃の手をゆるめるな! 間(ま)をおいたら勝機を逸(いっ)してしまう! 休まずに、打って打って打ちまくれ!」
またしても異なる指示が交錯(こうさく)した。
そして、今回もまた、カツオは滝本トレーナーの指示にしたがった。
続きを読む