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神保マネージャーがカツオのもとへやってくる。
「マネージャー、はやくあの話をしてやってくれ」
と星乃塚は急(せ)かしたが、神保マネージャーはふてぶてしいまでに落ち着き払っている。
神保マネージャーはゆったりとした仕草(しぐさ)で眼鏡のずれを直し、そして、言った。
「さきほど、私のほうから月尾会長と滝本トレーナーにご提案した結果、カツオくんがプロになったあかつきには、リングネームは『シュガーK』にしようということになりました」
「……オレのリングネームが、シュガーKに!?」
カツオは驚きすぎてどう反応していいのかわからない。
シュガーKというのは誠一が個人的につけたニックネームで、内輪(うちわ)での呼び名なのだ。
まさかそれが正式なリングネームになるなんて……。
「よかったな、カツオ」
星乃塚が満面に笑みを浮かべて言う。
「かっこいい名前でリングにあがれるなんてうらやましいぜ。マネージャーにしてはめずらしくいいことをしてくれた」
星乃塚は『めずらしく』の部分を強調して言ったが、神保マネージャーは気にする様子もなく、飄々(ひょうひょう)としている。
「カツオくん、前もって言っておきますが、ボクシングの世界で『シュガー』を名乗るということは、とても大(だい)それたことなんですよ。
この言葉は、なみはずれたスキルと、圧倒的な魅力――カリスマをもっているボクサーでなければ名乗ることがゆるされません。生半可(なまはんか)な選手が名乗ると世界中のボクシングファンを怒らせることになってしまいます。
たいへんですよ、『シュガーK』の名でリングにあがるのは」
そう言った神保マネージャーの顔には、嬉しそうな笑みが浮かんでいる。
星乃塚がいまいましげに顔をしかめた。
「それが狙いだったのか、ドSめ!」
「ドSとは失礼ですね、『きびしい愛』と言ってください」
「のぞむところです――」
カツオは毅然(きぜん)と言った。
「もっともっと練習して、もっともっと強くなって、戦士としての人格をみがいて、シュガーの名にふさわしいボクサーになります。
最初は誠一くんひとりにとっての『シュガーK』だったけど、これからはみんなを勇気づけられるようなヒーローになりたい。いや、かならずなってみせる!」
「さすがカツオさんです!」
俊矢が撮影をつづけながら言った。
「カツオさんのボクシング愛はやっぱり最強です! マネージャーがどんなに陰険(いんけん)でも、カツオさんのボクシング愛にはまったく通用しません!」
「陰険ではありません、きびしい愛です」
と神保マネージャーがさりげなく訂正する。
そのとき、ジムの片隅から、
「シュガーK! シュガーK!」
と声があがった。
霧山一拳だった。
ふだんは物静かな霧山が、大きな声で「シュガーK」と連呼(れんこ)している。
それは、新たなスタートを切るカツオへの祝福だった。
霧山の声に、ジムメイトたちが次々と加わっていく。
シュガーK!
シュガーK!
シュガーK!
やがてそれは、ジムが揺れるほどの大コールになった。
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