2019年3月24日日曜日

カツオに伝えたかったんだ(1)

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カツオに伝えたかったんだ



 カツオがリングをでると、練習生たちにとりかこまれた。
 たくさんの賛辞(さんじ)を浴びながら、グローブとヘッドギアをはずしてもらう。

「カツオさん、すごかったです! さすがカツオさんです!」
 俊矢が感動で目を潤(うる)ませながら、カツオのもとへやってきた。
 手にはビデオカメラをもち、レンズをカツオに向けている。

「俊矢、なんでまだ撮(と)ってるんだよ。もういいってば」

 カツオは、カメラから逃げるようにして移動した。
 その先に、プロボクサーのふたりが立っていた。

「カツオ」
 星乃塚が目を細めて言う。
「すばらしいファイトだったぜ。観(み)ている俺も、おもわず熱くなっちまった」

 つづいて霧山が言った。
「みごとな勝利だった。今日のカツオのファイトは、シュガーの名にふさわしいものだった」

『シュガー』の単語を聞いて、カツオははっとなった。
 カツオは、ふたりをさがした。

 誠一と賢策は、練習場の出口のところにいた。
 部外者が長居(ながい)をしてはいけないと思っているらしく、ふたりは早々(そうそう)に退出しようとしている。

「誠一くん、賢策くん!」
 カツオはふたりのもとへ走った。

 誠一と賢策が足をとめた。
 ふり返ってカツオを見る。
 ふたりの顔には笑みがひろがっていた。

 賢策が笑顔のまま言った。
「カツオ、感動したよ。今日のカツオは、最高にかっこよかった」

「ふたりとも、ありがとう! 勝てたのはふたりのおかげだよ。
 あのとき、ふたりが『シュガーK』ってコールしてくれなかったら、オレは立つことができなかった。
 誠一くん、賢策くん……本当に、ありがとう!」

 誠一と賢策は互いの笑顔を見合わせた。
 そして、カツオに視線をもどすと、ふたりを代表して誠一が言った。

「本当のことを言うと、俺たちが『シュガーK』ってコールしたのは、カツオに立ってほしかったわけでも、声援を贈ったわけでもないんだ。俺たちなんかよりもずっとがんばってるカツオに『立て』とか『がんばれ』なんて言えないからな。
 だから、あのまま立てなくてもかまわなかった。まけたってかまわなかった。
 ただ、カツオに伝えたかったんだ。カツオは俺たちにとって『シュガーK』なんだってことを――
 勝敗に関係なく、カツオは俺たちのヒーローで、俺たちの誇りなんだってことを伝えたかったんだ、カツオがいちばん苦しいときに」

「誠一くん……」

 カツオの胸にさまざまな想いが込みあげてきた。
 目頭(めがしら)が熱くなり、涙がこぼれ落ちそうになる。

「カツオ」

 背後から星乃塚に呼びかけられ、カツオは後ろを振り返った。
 ジムメイトたちがみな集まっている。
 俊矢はあいかわらずカツオにビデオカメラを向けている。

 星乃塚は笑みをたたえながら、
「カツオ、おまえにいい話があるぜ」
 と言い、「マネージャー」と声をはりあげた。

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