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カツオに伝えたかったんだ
カツオがリングをでると、練習生たちにとりかこまれた。
たくさんの賛辞(さんじ)を浴びながら、グローブとヘッドギアをはずしてもらう。
「カツオさん、すごかったです! さすがカツオさんです!」
俊矢が感動で目を潤(うる)ませながら、カツオのもとへやってきた。
手にはビデオカメラをもち、レンズをカツオに向けている。
「俊矢、なんでまだ撮(と)ってるんだよ。もういいってば」
カツオは、カメラから逃げるようにして移動した。
その先に、プロボクサーのふたりが立っていた。
「カツオ」
星乃塚が目を細めて言う。
「すばらしいファイトだったぜ。観(み)ている俺も、おもわず熱くなっちまった」
つづいて霧山が言った。
「みごとな勝利だった。今日のカツオのファイトは、シュガーの名にふさわしいものだった」
『シュガー』の単語を聞いて、カツオははっとなった。
カツオは、ふたりをさがした。
誠一と賢策は、練習場の出口のところにいた。
部外者が長居(ながい)をしてはいけないと思っているらしく、ふたりは早々(そうそう)に退出しようとしている。
「誠一くん、賢策くん!」
カツオはふたりのもとへ走った。
誠一と賢策が足をとめた。
ふり返ってカツオを見る。
ふたりの顔には笑みがひろがっていた。
賢策が笑顔のまま言った。
「カツオ、感動したよ。今日のカツオは、最高にかっこよかった」
「ふたりとも、ありがとう! 勝てたのはふたりのおかげだよ。
あのとき、ふたりが『シュガーK』ってコールしてくれなかったら、オレは立つことができなかった。
誠一くん、賢策くん……本当に、ありがとう!」
誠一と賢策は互いの笑顔を見合わせた。
そして、カツオに視線をもどすと、ふたりを代表して誠一が言った。
「本当のことを言うと、俺たちが『シュガーK』ってコールしたのは、カツオに立ってほしかったわけでも、声援を贈ったわけでもないんだ。俺たちなんかよりもずっとがんばってるカツオに『立て』とか『がんばれ』なんて言えないからな。
だから、あのまま立てなくてもかまわなかった。まけたってかまわなかった。
ただ、カツオに伝えたかったんだ。カツオは俺たちにとって『シュガーK』なんだってことを――
勝敗に関係なく、カツオは俺たちのヒーローで、俺たちの誇りなんだってことを伝えたかったんだ、カツオがいちばん苦しいときに」
「誠一くん……」
カツオの胸にさまざまな想いが込みあげてきた。
目頭(めがしら)が熱くなり、涙がこぼれ落ちそうになる。
「カツオ」
背後から星乃塚に呼びかけられ、カツオは後ろを振り返った。
ジムメイトたちがみな集まっている。
俊矢はあいかわらずカツオにビデオカメラを向けている。
星乃塚は笑みをたたえながら、
「カツオ、おまえにいい話があるぜ」
と言い、「マネージャー」と声をはりあげた。
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