2019年3月22日金曜日

勝つとは(1)

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勝つとは



「カツオのやつ、やりやがった!」
 滝本トレーナーは声をあげて感嘆(かんたん)した。
「強靱(きょうじん)なボディをほこる大賀選手を1発で倒しやがった! まったく、たまげたやつだぜ!」


「誠一、見たか! カツオがダウンを奪ったぞ!」
 いつもはクールな賢策がすっかり興奮しきっている。

「ああ、やったな――」
 誠一は笑顔で応(こた)えた。
「カツオはやっぱりシュガーだ! 華麗(かれい)だ! 俺たちのヒーロー、シュガーKだ!」


「ば、ばかな……!」
 片倉会長は愕然(がくぜん)となった。

 赤コーナー、片倉会長の目の前で、烈が腹をおさえて転げまわっている。
 ボディの打たれ強さには絶対的な自信をもっている烈が、悶(もだ)え苦しんでいる。
 信じられない光景――いや、信じたくない光景だった。

「……フォー、ファイブ、シックス」
 月尾会長がカウントを進めていく。

 選手がダウンした場合、セコンドの役目として『立て』と命じなければならないのはわかっている。
 しかし、片倉会長はその言葉を口にだすことができずにいた。

 烈のあの苦しみようを見るかぎり、レバー(肝臓)をえぐられてしまったのは明らかだ。
 内臓に強いダメージを受けてしまった以上、10秒やそこらで立ちあがることなどできはしない――
 意識や感覚がうすれる頭部のダメージとちがい、ボディが効いたときは地獄のような苦しみを味わう。
 悶え、苦しみ、転げまわっている烈に『立て』と命令することは、片倉会長にはどうしてもできなかった。

 だが、そのとき――

「ぐうううぅぅぅぅぅ!」

 烈が、地の底から響いてくるようなうめき声を発し、再下段のロープをつかんで上体を起こした。

「れ、烈!」

 烈は、ロープを1段、また1段とよじのぼるようにして、体を起こしていく。
 脚(あし)がぶるぶる震えていた。内蔵にダメージを受けて力がはいらない体を、ロープをつかむことによって無理やり立たせようとしている。

「烈……がんばれ! そうだ、もう少しだ!」

 片倉会長は『立て』という命令の代わりに、声援を贈った。

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