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カツオは、コーナーを背負(せお)った。
烈が、間合いを詰めるべく前進しようとする。
そのとき、カツオが動いた。
ワンツーを烈の額(ひたい)に向かって放つ。
パパーン、という小気味(こきみ)いい音をたててヒットし、烈の顔が大きく跳(は)ねあがった。
次の瞬間、カツオの体が前方に向かってとんだ。
体当たりのような勢いで踏み込み、胸がぶつかりそうな距離まで一気に間合いを詰める。
ドォン、という重い音がした。
「ううう……」
烈の口からうめき声がもれた。
前かがみになるようにして体がくの字に折れまがり、そのままうずくまるようにしてキャンバス(床)にくずれ落ちた。
沈黙がおり立った。
みな言葉をうしなっている。
「ダウン!」
月尾会長のその言葉が合図であるかのように、一斉(いっせい)に歓声があがった。
「た、倒したぁ! 追い詰められていたはずなのに、逆にダウンを奪ったぁ!」
「何があったんだ!? 速すぎてわからなかったぞ!」
カツオはニュートラル・コーナーへ移動した。
赤コーナーの前にとり残された大賀烈は、ぐううう、と苦しそうな声を発しながらリングの上を転げまわっている。
「ワン、ツー、スリー……」
月尾会長がカウントをとりはじめた。
「やったぁ! やりましたよぉ!」
俊矢は躍(おど)りあがって歓喜している。
「見ましたか! いまのパンチは、おれと練習したやつですよ!」
「そうだな」
星乃塚が笑みをたたえて応(こた)える。
「踏み込むスピードをパンチ力に変換するレバーブローだ。カツオめ、これを狙ってたのか!」
「でも、あのアイデアは没(ぼつ)になったはずですよ。大賀選手の強靱(きょうじん)なボディには効かないだろうということで……
なのに、どうして倒せたんでしょう?」
「カツオはどうして、彼にはボディを効かせられないと思ったんだ?」
「それはたしか……ボディブローというのは意識をボディからそらさないと効かせられないので、相手から絶対に目を切らない大賀選手にはボディブローは通用しないと……あっ、そうか!」
「そうだ、俊矢。逆を言えば、目を切らすことさえできればボディブローで効かせられるってことだ。
だからカツオは、先にワンツーを額に当てて上を向かせたんだ。そしてクロス・アームブロックでは無防備になるボディを狙い、全体重をのせたレバーブローを叩き込む――それが、カツオのひらめきだったのさ」
「す、すごい! 闘いのさなかにそんなことを思いつくなんて、カツオさん、本当にすごいです!」
「同感だ!」
ふだんはものしずかな霧山も、声が興奮している。
「あきらめることなく勝つ方法を模索(もさく)し、ひらめき、実行し、そして決めた! カツオの勝負強さは『すごい』としか言いようがない!」
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