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「なるほど、そういうことか」
赤コーナーの片倉会長は、敵の思惑(おもわく)を読みとった。
おもわず笑みがこぼれる。
相手が烈の額(ひたい)にジャブを打ちはじめたときは、何をしようとしているのか理解できなかった。
だが、いまのワンツーを見て片倉会長は確信した。
彼はポイントをとろうとしているのだ、と。
ブロックの上から叩いていたのでは、防御されているのでポイントにはなりにくい。
しかし、額にパンチを当てた場合は頭部にヒットしているのでポイントになる可能性がある。
額を打ったところでダメージにはならないのだが、額を打つと顔が跳(は)ねあがるため、見た目には有効打を当てているような印象になる。
つまり、見た目の印象でごまかしてポイントをかせぎ、そのまま最後まで逃げ切るつもりなのだ。
このスパーリングでは採点をつけていないため、判定での勝敗はない。
しかし、もし採点をつけているとしたら、ここまで互いにダウンはひとつずつであり、ポイントでは互角だ。残りのラウンドをとれば、事実上、判定で勝利したことになる。
だが――
「見せかけの戦法で烈に勝とうなどとは、笑止千万(しょうし・せんばん)!」
片倉会長は声を大(だい)にし、烈に指示を与えた。
「烈、相手は逃げ切り態勢にはいっている! 時間をかせがせるな、いますぐ攻勢をかけろ! ステップ7で、あそこへ追い詰めるんだ!」
烈が、ショートカット・ステップを使いはじめた。
カツオはまわり込むことができない。サークリングを封じられ、後退を余儀(よぎ)なくされる。
俊矢は動揺し、救いを求めるように星乃塚を見やった。
「ショートカット・ステップを本格的に使ってきましたよ! きっとロープ際(ぎわ)に追い詰めて、一気に勝負を決めるつもりですよ!」
「いや、ロープならまだいい」
と星乃塚は返した。
リングにはロープ際よりも危険な場所があるのだ。
星乃塚の懸念(けねん)どおり、カツオはリングの死地へ向かって後退していく。
「カツオさん、後ろはコーナーです! そのままさがってはダメです!」
しかし、まわり込もうとしても、烈のショートカット・ステップによって進路をふさがれてしまい、まわり込むことができない。
カツオは後退をつづけた。
そして、赤コーナーを背負(せお)った。
「よし!」
片倉会長は、握り拳(にぎり・こぶし)をつくって声をあげた。
赤コーナー、片倉会長の目の前で、相手を死地に追い詰めた。
コーナーに詰まった状態では、たとえあの回転の速い連打を放ったとしても左右がロープでふさがれているため、まわり込むことはできない。
「勝った!」
片倉会長は確信した。
あとはそのまま前進して体を密着させ、相手が倒れるまで烈の強打を浴びせるだけだ。
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