2019年3月17日日曜日

カツオの直感(2)

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 赤コーナーにもどってきた烈は、困惑をあらわにしていた。
「なぜあんなに動けるんだ!? おれの全力のパンチがまともにヒットした。手応(てごた)えもあった。なのに、なぜだ!」

「落ち着け、烈!」
 片倉会長は語気を強くして諭(さと)した。
「おまえのパンチはたしかに効いてる! 彼はもう体力の限界を超えている。いまは気力だけで動いているような状態だ。しかし、そんな状態じゃ長くはもたない。動けるのはせいぜいあと1ラウンドだ」

「…………」

 烈は口をとざしている。
 しかし、その表情はだいぶ落ち着きをとりもどしていた。

 片倉会長は、烈の目をまっすぐ見つめて言った。
「いいか、烈。この闘い、おまえが思っているよりもうまくいっている。このままでいい。田中くんにはあの闘い方をさせておけ。あんなふうに一挙動(いっきょどう)の連打をしたらスタミナが大幅(おおはば)にロスする。この展開がつづけば、先に力尽きるのは向こうだ!」

 烈の顔に覇気(はき)がもどった。
 動揺は完全にぬぐい去られた。

 片倉会長は、つづけて作戦の指示を与えた。

「烈、闘い方はいまのままでいい。ガード3で顎(あご)を守りながら間合いを詰めていけ。向こうの攻撃はブロックの上を叩いているだけの見せかけだ。思うぞんぶんやらせて疲れさせろ。
 そして、フットワークに少しでもかげりが見えはじめたら、ステップ7で追い詰めろ。
 追い詰める場所はコーナーだ! コーナーに追い詰めたら、相手はもうまわり込めない。コーナーに追い詰めた時点で、おまえの勝利だ!」


 青コーナーにもどってきたカツオは、呼吸がひどくみだれていた。
 滝本トレーナーは、カツオに深呼吸をさせた。
「息を吸え。吸え、吸え、もっと吸え、もっとだ……
 よし吐け。吐け、吐け、もっと吐け、ぜんぶ吐け……よし、いいぞ」

 深呼吸をしたことによって、ひとまず息のみだれは落ち着いた。
 だが、消耗が激しいことに変わりはない。
 それはそうだろう、いまは気力だけで闘っているような状態なのだ。動きはエネルギッシュであっても実際は体力の限界を超えている。

 残り2ラウンドは、どうやってももたないな……。

 敗色(はいしょく)は濃厚だった。
 もはや与えられる指示もない。これ以上つづけてもカツオが倒されるシーンを見ることになるだけだ。
 滝本トレーナーは、ここで棄権することも勇気ある決断だと思った。

 だが――

「この闘い方じゃ、最後までもたない……」
 カツオの口から、つぶやきがもれた。
「動けるのは、せいぜいあと1ラウンドだ。是(ぜ)が非でも、次のラウンドで勝負を決めないと……」

 カツオの独白(どくはく)を聞いて、滝本トレーナーは仰天(ぎょうてん)した。
 そして自分を恥じた。
 カツオはまだ勝負をあきらめてはいない。状況を分析し、戦況が不利であることを知りながら、まだ勝つことを考えている。

「カツオ、おまえ……」

 滝本トレーナーの声は、カツオには聞こえていないようだった。
 カツオは思考の世界のなかにいた。

「次のラウンドで勝負を決めるには、ノックアウトをしなければならない。しかし、あの大賀選手を倒す方法などあるのだろうか……」

 カツオの独白が、そこでとまる。

 しばしの沈黙ののちに、カツオははっと目を見ひらいた。

「そうだ、オレにはまだあれがある!
 でも、あれを決めるには……
 いや、待てよ! その前にアレをやっておけば、決まるかもしれない!」

 カツオは、何かをひらめいたようだった。

 こいつ、たまげたやつだぜ! この状況で、何かを思いつきやがった!

 これ以上は何も言うまい。ただカツオを信じて送りだすだけだ――
 滝本トレーナーは、カツオのひらめきにすべてを賭ける覚悟を決めた。

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