2019年3月15日金曜日

力の解放(3)

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「なんだ、この状況は!?」
 片倉会長は困惑(こんわく)した。

 スパーリングはいつもよそのジムに出向いておこなってきた。アウェイでやることには慣れていた。
 だが、こんなふうにジム全体が一丸(いちがん)となる状況など経験がなかった。

「応援の力が彼をよみがえらせたとでも言うのか!?」

 立ちあがっただけでも信じられなかった。
 なのに、機関銃のような連打を放って烈の前進をとめ、高速フットワークでサークリングをしている。

「田中勝男(たなか かつお)という男、烈におとらぬ怪物なのか!?」

 困惑しているのは片倉会長だけではない。リング上の烈もまた、動きに動揺があらわれていた。
 高速で移動する相手をまっすぐ追いかけようとして、いつまでも追いつけずにいる。

「烈、それじゃつかまらない! ステップ7だ!」

 片倉会長はラウンド・タイマーを見た。
 残り1分10秒……時間はまだ3分の1以上ある。烈が落ち着きをとりもどせばこのラウンド内に仕留(しと)めることは可能だ。

「落ち着け! 落ち着いて闘うんだ!」
 なかば自分に言い聞かせるようにして、片倉会長は声をはりあげた。


 カツオは、サークリングをしながら左ジャブやワンツーを放っていく。
 烈は、クロス・アームブロックでカツオのパンチをはじき返し、カツオに迫っていく。

 烈の追い足が変わった。
 まっすぐあとを追うのではなく、カツオの進路を先読みし、最短距離で移動する。
 ショートカット・ステップ――
 カツオはまわり込むことができず、距離が詰められていく。

 接近した。

 その瞬間、カツオはストレートの連打を放った。

 ババババババババババババ――

 連打の回転が速すぎて、烈は打ち返すことができない。
 ガードを固めて足を踏んばり、カツオの連打を受けとめる。

 12発の連打のあと、カツオは左フックをひっかけて左側にまわり込んだ。
 距離をとりなおし、高速フットワークでふたたびサークリングをする。

 練習生たちが歓声をあげた。
「すげぇ! 連打が防御になってるぞ!」

 俊矢は歓喜して言う。
「あの闘い方は、大賀選手を攻略する方法として最初に試したやつですよ! 没(ぼつ)になったはずのアイデアが、まさかここで活(い)きるなんて思いもしませんでした!」

「練習して損はなかったな」
 星乃塚が笑顔で応(こた)える。

 ジムが、ふたたびカツオへの声援でわき返った。

 シュガーK!
 シュガーK!
 シュガーK!

 シュガーKコールのなか、カツオはすばらしい動きを見せた。
 速いフットワークを使ってサークリングし、ジャブ、ワンツーを放つ――
 距離が詰まりそうになると、機関銃のようなストレートの連打で烈の動きをとめ、すばやくまわり込む――

 いずれのパンチもブロックされたが、攻撃をしているのはつねにカツオで、闘いの主導権を完全に掌握(しょうあく)していた。

 そして、第2ラウンド終了のブザーが鳴った。

 練習生たちが一斉(いっせい)に、わあっ、と大きな声をあげた。
 カツオを称(たた)える歓声だった。

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