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「なんだ、この状況は!?」
片倉会長は困惑(こんわく)した。
スパーリングはいつもよそのジムに出向いておこなってきた。アウェイでやることには慣れていた。
だが、こんなふうにジム全体が一丸(いちがん)となる状況など経験がなかった。
「応援の力が彼をよみがえらせたとでも言うのか!?」
立ちあがっただけでも信じられなかった。
なのに、機関銃のような連打を放って烈の前進をとめ、高速フットワークでサークリングをしている。
「田中勝男(たなか かつお)という男、烈におとらぬ怪物なのか!?」
困惑しているのは片倉会長だけではない。リング上の烈もまた、動きに動揺があらわれていた。
高速で移動する相手をまっすぐ追いかけようとして、いつまでも追いつけずにいる。
「烈、それじゃつかまらない! ステップ7だ!」
片倉会長はラウンド・タイマーを見た。
残り1分10秒……時間はまだ3分の1以上ある。烈が落ち着きをとりもどせばこのラウンド内に仕留(しと)めることは可能だ。
「落ち着け! 落ち着いて闘うんだ!」
なかば自分に言い聞かせるようにして、片倉会長は声をはりあげた。
カツオは、サークリングをしながら左ジャブやワンツーを放っていく。
烈は、クロス・アームブロックでカツオのパンチをはじき返し、カツオに迫っていく。
烈の追い足が変わった。
まっすぐあとを追うのではなく、カツオの進路を先読みし、最短距離で移動する。
ショートカット・ステップ――
カツオはまわり込むことができず、距離が詰められていく。
接近した。
その瞬間、カツオはストレートの連打を放った。
ババババババババババババ――
連打の回転が速すぎて、烈は打ち返すことができない。
ガードを固めて足を踏んばり、カツオの連打を受けとめる。
12発の連打のあと、カツオは左フックをひっかけて左側にまわり込んだ。
距離をとりなおし、高速フットワークでふたたびサークリングをする。
練習生たちが歓声をあげた。
「すげぇ! 連打が防御になってるぞ!」
俊矢は歓喜して言う。
「あの闘い方は、大賀選手を攻略する方法として最初に試したやつですよ! 没(ぼつ)になったはずのアイデアが、まさかここで活(い)きるなんて思いもしませんでした!」
「練習して損はなかったな」
星乃塚が笑顔で応(こた)える。
ジムが、ふたたびカツオへの声援でわき返った。
シュガーK!
シュガーK!
シュガーK!
シュガーKコールのなか、カツオはすばらしい動きを見せた。
速いフットワークを使ってサークリングし、ジャブ、ワンツーを放つ――
距離が詰まりそうになると、機関銃のようなストレートの連打で烈の動きをとめ、すばやくまわり込む――
いずれのパンチもブロックされたが、攻撃をしているのはつねにカツオで、闘いの主導権を完全に掌握(しょうあく)していた。
そして、第2ラウンド終了のブザーが鳴った。
練習生たちが一斉(いっせい)に、わあっ、と大きな声をあげた。
カツオを称(たた)える歓声だった。
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