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烈が、ニュートラル・コーナーから進みでた。
クロス・アームブロックで構え、カツオに向かっていく。
誠一と賢策のシュガーKコールが、ジムに響き渡っている。
カツオは前進した。
コーナーから抜けださなければならないため、とうぜんの行為なのだが、その姿はみずから倒されにいくかのように見えた。
両者が、リングのほぼ中央で接近した。
その瞬間――
「ぬううぅぅぅぅん!」
カツオは歯を食いしばり、左右のショートストレートを連打した。
ババババババ――
機関銃のような連続パンチが、烈のクロス・アームブロックに叩き込まれていく。
「す、すごい連打だ!」
練習生たちが驚嘆(きょうたん)の声をあげた。
すさまじい回転で放たれたパンチを受けとめるため、烈は足を踏んばる。
烈の前進がとまった。
カツオは左右のストレートを8連打し、9発目に左フックをひっかけて左側にまわり込んだ。
フットワークを使い、烈の周囲を旋回(せんかい)する。
どよめきが起こった。
カツオのフットワークが、ダメージをまったく感じさせないスピードだったのだ。
「す、すごい!」
俊矢は驚嘆の声をあげた。
「立ちあがっただけでも信じられないことなのに、あの連打、あのフットワークですよ! カツオさんの体、いったいどうなってるんですか!」
「おそらく」
星乃塚は言う。
「カツオは、リミッターがはずれたんだ」
「リミッター!?」
「人間の体には、潜在意識による制御装置――リミッターがはたらいている。いつもマックスの力をだしていたら体がすぐに壊れちまうからな。だから、力がですぎないようにリミッターがかかっているんだ」
「それじゃ、カツオさんはいま、リミッターが解除されている状態なんですか?」
「そうだ。カツオが立ちあがったとき、俺は直感したよ。カツオのなかでリミッターがはずれ、潜在的な力が解(と)き放たれたことをな」
「どうして急にリミッターがはずれたんですか?」
「それは誰にもわからねぇ。なにせ潜在意識がやっていることだからな。ただ俺が知るかぎり、リミッターがはずれやすいのはふたつの条件のどちらかが満たされているときだ。
ひとつは生命の危機を感じるほど追い込まれているとき。いわゆる火事場のばか力ってやつだ。
――そしてもうひとつは、自己肯定感が最大値をふりきるぐらい高まっているときだ」
「自己肯定感、ですか?」
「自己を全面的に肯定し、自分を絶対的に信頼できているとき、秘められた力が解き放たれる。
カツオの場合は『シュガーK』という言葉が自己肯定感を呼び起こすきっかけになったようだな」
見学のふたりは、大きな声で「シュガーK」とコールしつづけている。
俊矢たちのすぐ近くから、
「シュガーK! シュガーK!」
と声があがった。
霧山だった。
俊矢と星乃塚は目をみはった。
ふだんは寡黙(かもく)な霧山が、リングに向かって声をはりあげている。
シュガーK!
シュガーK!
3人の声がそろい、コールがひときわ大きくなった。
「俊矢、俺たちもやるぞ」
「はい!」
星乃塚と俊矢も、コールに加わった。
「「シュガーK! シュガーK!」」
星乃塚たちにならうかのように、練習生たちも次々とコールに加わる。
シュガーK!
シュガーK!
シュガーK!
ジムが揺れそうなほどの大コールになった。
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更新
2023年11月26日 文章表現を一部改訂。