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「カツオさん、立って! はやく立ってください!」
俊矢は声をはりあげた。
「よせ、俊矢!」
霧山が叱責(しっせき)するようにして制止した。
「いまのカツオに『立て』というのは、むごすぎる」
「そのとおりだ」
星乃塚が言う。
「カツオは立たないんじゃねぇ。立てないんだ」
「そんなはずは……だって、あと少しで立ちあがれる体勢じゃないですか」
「だからと言って、ダメージが浅いわけじゃない。
カツオが片膝(かたひざ)をついているのは、コーナーポストが背中に接していたことと、相手のパンチが上から叩きつける角度だったために、真下(ました)にくずれ落ちたからだ。見た目には立ちあがりかけているように見えるが、たまたまあの体勢になっただけで、実際にはダメージが大きい。
カツオの目を見るかぎり戦意はあるようだが、しかし体は正直だ。あんな強打をもろに喰らったら、立ちあがることはできねぇ」
「それじゃ、カツオさんはいま……」
「立ちたいのに立てない――その板ばさみで苦しんでるんだ。まわりの者が『立て』と命令するのは酷(こく)すぎるぜ」
頭部に深いダメージを受けると、多くの場合、意識が朦朧(もうろう)とする。
とはいえ、かならずそうなるわけではない。頭部に強い衝撃を受けたにもかかわらず意識が鮮明なことも少なくないのだ。
そのケースでは苦痛を感じていないため、本人は『まだできる』という気持ちが強い。
しかし、気持ちがどうであろうと深刻なダメージを受けているという事実が変わるわけではない。
どんなに闘志で満ちあふれていようと、心とは裏腹(うらはら)に、肉体は麻痺して動かなくなるのだ。
「……シックス、セブン」
月尾会長がカウントを進めていく。
そのとき、ジムの片隅(かたすみ)から声があがった。
シュガーK!
シュガーK!
おなじ言葉が、くり返しコールされる。
声は、見学のふたりによるものだった。
「シュガーK!?」
ジムのなかがざわめいている。
「シュガーKって、カツオさんのことですか!?」
俊矢が問いかけると、星乃塚は口もとに笑みを浮かべ、
「どうやら、そうらしいな」
と答えた。
声が聞こえた。
シュガーKとくり返しコールする声が、カツオの耳にはいってきた。
確認するまでもない。あのふたりの声だった。
「誠一くん、賢策くん……」
頭のなかで、誠一の言葉がよみがえる。
『カツオ』って叫んだら、なんだか上から目線で言ってるみたいで応援してる気にならないからな。敬意を表(ひょう)して『シュガーK』という呼び名で声援を贈ろうって決めてたんだ――
そう、そうなんだ!
オレには敬意をもって応援してくれる人たちがいる。
オレは、誠一くんたちにとってシュガー・レイと同格のスーパースターなんだ!
奥深いところから、熱いものが込みあげてきた。
「……エイト、ナイン」
月尾会長のカウントが聞こえた。
カツオは、心のなかで叫んだ。
オレはシュガーだ!
華麗(かれい)なるボクサー、シュガーKだ!
そして、カツオは立ちあがった。
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