2019年3月10日日曜日

心は燃えていても……(1)

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心は燃えていても……



「ワン、ツー、スリー」
 レフェリー役の月尾会長がカウントをとっていく。

 カツオは片膝(かたひざ)をついた姿勢のまま、頭をかるく左右に振った。
 だいじょうぶだ、頭痛はさほどない。意識もはっきりしている。

 カツオは立ちあがろうとした。
 そして、愕然(がくぜん)となった。

 あ、脚(あし)が動かない!?

 立てなかった。
 自分の意思のとおりに体が動いてくれないのだ。

 そんなばかな!
 意識だってはっきりしているのに、どうして!?

「……フォー、ファイブ」

 カウントが進んでいく。

 カツオは、ふうんっ、と息を吐き、おもいっきり力をいれて立ちあがった――つもりだった。
 だが体はまったく動いていなかった。

 動け、動いてくれ!
 オレはまだできる!
 頼むから、立ってくれ!

 カツオは必死になって自分の肉体に懇願(こんがん)した。


 カツオは青コーナーで――滝本トレーナーのすぐ目の前で、片膝をついてダウンしている。

 滝本トレーナーの口から、立て、という言葉はでてこなかった。

 立てないことはわかっていた。
 心は燃えていても肉体は医学的な法則にしたがう。大きなダメージを受けた体は動くことができない。それはどうすることもできない現実なのだ。

「残念だが、ここまでだな……」

 滝本トレーナーは、カツオとともに10カウントを聞く覚悟を決めた。


 誠一と賢策は、親友が殴り倒される姿を目(ま)の当たりにし、言葉をうしなった。

 カツオはリングに片膝をついたまま立ちあがることができない。
 誠一と賢策は格闘技に関しては素人(しろうと)だったが、カツオが絶体絶命のピンチなのは見てわかった。

 誠一と賢策は顔を見合わせ、小さくうなずき合った。

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