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心は燃えていても……
「ワン、ツー、スリー」
レフェリー役の月尾会長がカウントをとっていく。
カツオは片膝(かたひざ)をついた姿勢のまま、頭をかるく左右に振った。
だいじょうぶだ、頭痛はさほどない。意識もはっきりしている。
カツオは立ちあがろうとした。
そして、愕然(がくぜん)となった。
あ、脚(あし)が動かない!?
立てなかった。
自分の意思のとおりに体が動いてくれないのだ。
そんなばかな!
意識だってはっきりしているのに、どうして!?
「……フォー、ファイブ」
カウントが進んでいく。
カツオは、ふうんっ、と息を吐き、おもいっきり力をいれて立ちあがった――つもりだった。
だが体はまったく動いていなかった。
動け、動いてくれ!
オレはまだできる!
頼むから、立ってくれ!
カツオは必死になって自分の肉体に懇願(こんがん)した。
カツオは青コーナーで――滝本トレーナーのすぐ目の前で、片膝をついてダウンしている。
滝本トレーナーの口から、立て、という言葉はでてこなかった。
立てないことはわかっていた。
心は燃えていても肉体は医学的な法則にしたがう。大きなダメージを受けた体は動くことができない。それはどうすることもできない現実なのだ。
「残念だが、ここまでだな……」
滝本トレーナーは、カツオとともに10カウントを聞く覚悟を決めた。
誠一と賢策は、親友が殴り倒される姿を目(ま)の当たりにし、言葉をうしなった。
カツオはリングに片膝をついたまま立ちあがることができない。
誠一と賢策は格闘技に関しては素人(しろうと)だったが、カツオが絶体絶命のピンチなのは見てわかった。
誠一と賢策は顔を見合わせ、小さくうなずき合った。
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