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踏み込むスピードを、パンチ力に変える
翌日――
カツオは『もうひとつの攻略案』を試すため、俊矢とマスボクシングをおこなった。
「それじゃ俊矢はいままでどおり、クロス・アームブロックとショートカット・ステップを使って、サークリングをするオレを追い詰めてきて」
「はい」
マスボクシングが開始された。
カツオはフットワークを使い、俊矢の周囲を高速移動しながら左ジャブを放つ。
俊矢はクロス・アームブロックでジャブを防ぎながら、ショートカット・ステップを使って距離を詰めていく。
昨日までの練習とおなじ展開だ。
カツオがロープ際(ぎわ)に後退した。
俊矢が距離を詰めるべく前進しようとする。
その瞬間、カツオがいきなり前に跳(と)び込んだ。
「うわっ!」
驚いた俊矢は反射的にガードをあげ、クロス・アームブロックに顔をうずめるようにして顎(あご)を守る。
だが、カツオの狙いは顎ではなかった。
右の脇腹――レバー(肝臓)を狙って、跳び込みながら左ボディアッパーを放つ。
まるで体当たりをするような勢いだったが、カツオの拳(こぶし)は、俊矢の右脇腹の数ミリ手前でとめられていた。
驚いた俊矢は反射的にガードをあげ、クロス・アームブロックに顔をうずめるようにして顎(あご)を守る。
だが、カツオの狙いは顎ではなかった。
右の脇腹――レバー(肝臓)を狙って、跳び込みながら左ボディアッパーを放つ。
まるで体当たりをするような勢いだったが、カツオの拳(こぶし)は、俊矢の右脇腹の数ミリ手前でとめられていた。
カツオは、さっと跳びのいて距離をとり直した。
俊矢はクロス・アームブロックを解(と)き、ため息をもらした。
「び、びっくりしました……まさか、いきなり跳び込んでくるなんて……しかも、ものすごい勢いでしたよ。激突するかと思いました」
「そうなんだよ、俊矢。それこそが、この戦法の核心と言える部分なんだよ」
カツオは説明する。
「大賀選手にダメージを与えるには、急所にパンチを当てるしかない。でも、顎はクロス・アームブロックで強固に守られている。狙うなら、がら空(あ)きになっているボディだと思うんだ」
「ですが、大賀選手の腹はかなり頑丈(がんじょう)でしたよ。効かせるのはむずかしそうですが……」
「そのとおりだよ。だから、勢いよく跳び込むんだ。それこそ、体ごとぶつかるようなつもりでね」
「そうか! 踏み込む力を使うんですね!」
「オレの本来のパンチ力では、ボディブローで大賀選手を効かせることなんてできない。だけど、全体重を使えばダメージを与えられる可能性はでてくる。
力というのは重さ×(かける)加速度で生みだされるわけだから、全体重を浴びせかけるつもりで勢いよく跳び込めば――」
「くりだすパンチが強打になるんですね!」
「そう、そのとおりだよ。
ただし、これを実現するためには、いままでオレがあまり重視してこなかったスピード――すなわち『踏み込むスピード』が不可欠なんだ」
カツオは典型的なアウトボクサーだ。アウトボクシングとは『はなれた距離で闘う』という意味であり、いかに遠い間合いを保てるかが鍵となる。
そのためバックステップやサイドステップなど距離をひろげるフットワークは充分に練習を積んでいるのだが、みずから接近しにいく『踏み込み』に関しては熟練度が低い。
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