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カツオは連日、シャドーボクシングも、サンドバッグ打ちも、連打の練習をメインにおこなった。
コツをつかんだらしく、回転のスピードはかなりあがった。
だが、俊矢と3度目のマスボクシングをおこなったときだった。
俊矢のショートカット・ステップによって、カツオはコーナーに追い込まれた。
「ストップ、俊矢!」
俊矢がクロス・アームブロックの構えを解(と)いて攻撃に転じる前に、カツオが言った。
「カツオさん、どうしたんですか?」
「……オレのまけだよ」
「えっ!? ここから回転の連打でまわり込むんじゃないんですか?」
「ダメだ、できないよ。ここからじゃ……」
「そんな、どうして……あっ!」
俊矢も気づいたらしい。コーナーはリングの死地であり、左右がロープでふさがれていてまわり込めないことを。
カツオは、肩を落として言った。
「俊矢はいま、この闘い方に致命的な弱点があることを教えてくれたんだ。……そう、この戦法は、コーナーに追い詰められてしまったらアウト、もう使えないんだ」
「そんな……だったら、コーナーに追い詰められないようにうまく闘えば――」
「それはむずかしいな。向こうのセコンドには片倉衛二(かたくら えいじ)会長がついている。あの人がこの弱点に気づかないはずがない。大賀選手は、かならずオレをコーナーに追い詰める作戦をとるだろう。
そうなると、4ラウンド終了まで一度もコーナーに詰まることなく逃げつづけるなんて不可能だ」
「じゃあ……」
「残念だけど、この闘い方は没(ぼつ)だよ」
「そんな……せっかくいままで練習したのに……」
「じつを言うと、もっと前からこの戦法を却下しようかどうかまよってたんだ。
やっていくうちに気づいたんだけど、この戦法にはほかにもデメリットがあるんだ」
「ほかにも何かあるんですか?」
「あるよ、ふたつもね。
ひとつはスタミナだ――連打を一挙動(いっきょどう)でやると、どうしても瞬発力を使わざるを得ない。だからどうしても疲労するのがはやくなってしまう。実際、この闘い方をすると息が切れるしね。
そして、大賀選手はスタミナを温存しながら闘うファイターだ。
だからこの戦法をとると、先に消耗して動けなくなるのはオレのほうなんだ」
「…………!」
「そして、もうひとつ。
――仮に4ラウンド終了までスタミナが持続して、この戦法を最後までつづけられたとしても、勝てない可能性がある。
世界戦のようなラウンドごとのふりわけ採点ではなく、10対10のイーブンの採点が認められている場合、全ラウンドがイーブンで引き分けになる可能性が高い。相手は攻撃をすることができなかったかもしれないけど、オレのほうもブロックの上から叩いているだけでパンチをヒットさせていない。
どちらにもポイントが付かない可能性が高いんだ」
「たしかにそのとおりですけど……でも、やっぱり残念です」
「それに、もうひとつ言うと、このやり方で勝ったとして、本当にオレは満足できるのかって思いもあるんだ。
前回、大賀選手はオレをノックアウトした。文句(もんく)のつけようのない勝ち方だった。なのにオレは、相手のブロックを叩くだけの見せかけの戦法をとろうとしている。
本当にこれでいいのかって疑問に思いはじめていたんだ」
「そうですか……いい闘い方だと思ったんですけど、しかたないですね」
このカツオと俊矢のやりとりを、滝本トレーナーは少しはなれたところで見ていた。
カツオのやつ、気づきやがった!
滝本は小さくガッツポーズをとった。
俊矢は、当のカツオよりも落胆(らくたん)した顔をしている。
カツオは、俊矢に笑顔を向けて、言った、
「まあ、案のひとつは没になったけど、気持ちを切り替えないとね。明日からはもうひとつの案を試すから、またよろしく頼むよ」
「えっ!? まだ案があるんですか!」
俊矢は驚いて目を見ひらいている。
滝本トレーナーはそのやりとりを耳にし、おもわず笑みがこぼれた。
ふふっ、カツオのやつ、次はどんな闘い方でくるつもりだ?
明日の練習が、いまから楽しみだった。
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