2019年2月6日水曜日

スピードで、攻撃を防御に変える(4)

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 カツオは、息を整えてから、言った。
「この戦術は、シュガー・レイ・レナードがマービン・ハグラーと対戦したときの闘い方を参考にしたんだ」

 1987年4月6日――
 ハグラーのもつミドル級王座に、レナードが挑戦した。

 レナードはもともと二階級下のウェルター級の選手であり、マーベラス(驚異的)の異名(いみょう)をもつミドル級王者のハグラーが相手では、パワーで対抗することなどできない。
 レナードは高速のフットワークを使い、サークリングを駆使したアウトボクシングでポイントを重ねた。

 しかし第9ラウンド、ハグラーのパンチがヒットし、レナードはロープ際(ぎわ)に追い込まれた。
 ハグラーのパンチを受けるたびに脚(あし)がふらつき、あきらかに効いていた。
 もはやここまでか、と思われた。

 だがそのとき、レナードがとつぜん反撃をした。
 フック、アッパーのものすごい連打――さすがのハグラーもガードを固めなくてはならなかった。
 そしてその隙(すき)にレナードはすばやくまわり込んで距離をとり直し、窮地(きゅうち)を脱したのだ。

 そののちのラウンドも、レナードは追い詰められると回転の速い連打を放ってハグラーの動きをとめ、その隙に距離をとり直した。
 そしてレナードは、ポイントを温存して最後まで逃げ切り、僅差(きんさ)の判定で絶対王者のハグラーに勝利した。

「レナードの場合は、フックとアッパーの連打だったけど、フックやアッパーの距離まで接近されてからだと大賀選手も攻撃をはじめてしまう。
 だからオレの場合は、相手がクロス・アームブロックを解(と)く前に、ストレートで連打をすることにしたんだ」

「なるほど!」

「回転の速い連打は、攻撃と攻撃のあいだがほとんどない。だから相手は反撃をするタイミングがつかめない。結果として防御にまわらざるを得なくなる。
 そして、連打をブロックで受けとめているときは足を踏んばらないといけないから、前進がとまる。その隙にフックをひっかけてまわり込む――
 これをくり返せば、相手に攻撃するチャンスを与えることなく、オレの一方的なアウトボクシングがつづくことになるんだ」

 クロス・アームブロックをしているあいだは攻撃をすることができない。だから、クロス・アームブロックを解かせないようにする――
 それがこの戦法の狙いだった。

「すごい! すごい闘い方です! さすがカツオさんです!」

「この闘い方をするためには、新しいスピードの概念(がいねん)――すなわち『回転のスピード』をとりいれなければならないんだ。
 いままでのオレは、フットワークと、一発一発のパンチのスピードをみがくことしか頭になかった。
 これをやるには連打のピッチの速さ――回転のスピードをみがく必要があるんだ」

「カツオさん、みがくまでもなく、すごい回転の速さでしたよ。さっきはびっくりして、おもわず声がもれたくらいです」

「いや、まだダメだ。もっともっと回転速度をあげる必要がある。
 連打がまるで一挙動(いっきょどう)の動作であるかのごとく迅速(じんそく)でなければならない。特にストレートでやる場合は回転がおくれやすいから、練習を積む必要がある」

「ストレートの連打って、回転がおくれやすいんですか?」

「そうだよ。フックやアッパーで連打したほうが速い回転で打ちやすい。フックやアッパーは腕をたたんで打つから、腕をふるだけで打てるからね。
 でもストレートの場合は、腕の上げ下げと同時に『肘(ひじ)を伸ばしてまた曲げる』という動作が加わる。だからどうしても連打の間隔があきやすくなるんだ」

「なるほど……」

「一発一発なら、スナップを効かせた速いストレートを打つ自信がある。あとはこのスナップ・パンチを、腰を左右にするどくひねるタイミングに合わせて打てるように訓練する必要があるんだ」

「……見た目よりも、むずかしいテクニックなんですね」

「そうだよ。だからもっともっと練習しないといけないんだ。
 ――そういうわけだから、俊矢、練習をつづけるよ」

 カツオと俊矢は、マスボクシングを再開した。



「なるほど、その方法できたか……」
 カツオの練習を見守っていた滝本トレーナーは、つぶやいた。
 自由に練習することを許可しているので、口だしはしない。滝本は、はなれた場所で見守っているだけだ。

「接近されたら回転の速い連打を放ち、相手に攻撃する隙を与えない――『攻撃は最大の防御』をスピードを使ってやろうってことか。たしかに、そういう闘い方もある。だが……」
 滝本は苦笑とともにつぶやく。
「それじゃ勝つのはむずかしいぜ、あの相手にはな」

 カツオがやろうとしている闘い方にはいくつか弱点がある。
 はたしてカツオは、それに気づくことができるだろうか……。

 不安に思いながらも、カツオを信じて見守ることしかできないのだった。

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