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カツオと俊矢はかるくグローブを合わせ、リングのほぼ中央で対峙(たいじ)した。
俊矢がクロス・アームブロックの構えをとった。
向かい合うと、そびえ立つかのような威圧感がある。
それはそうだろう、俊矢とは六階級もちがうのだ。
だからこそ練習になる。大賀烈を攻略するには、このプレッシャーで迫(せま)りくる相手に対応できなければならないのだ。
カツオは速いフットワークを使い、左まわりの軌道で俊矢の側面にまわり込んでいく。
サークリング・テクニック――相手を円の中心にし、リングに円を描くようにして移動する。
俊矢が前進して、カツオのあとを追ってきた。
カツオは速いフットワークで距離をひきはなしながら、俊矢に向かって言う。
「ちがう、俊矢! オレのあとを追いかけるんじゃなくて、道すじを読んで先まわりするんだ! まともに追いかけっこをしたら、オレのフットワークには追いつかないぞ!」
しかし、俊矢はショートカット・ステップがなかなかうまくできない。
逃げていくものをつかまえようとすると、まっすぐあとを追いたくなるのは人間の本能だ。闘いながら冷静に相手の道すじを読むというのは、そう簡単にできることではない。
しかし、3ラウンドほど練習すると、俊矢は少しずつコツをつかみはじめた。
そして、まだ足裁(あしさば)きにぎこちなさはあるものの、ショートカット・ステップを使ってサークリングを封じ、カツオをロープ際(ぎわ)に追い詰めて接近をはたした。
「オーケー、俊矢。オレのまけだ」
勝利した俊矢は、信じられないという顔をしている。
「まさか、こんなやり方があったなんて……。最初はカツオさんのフットワークの速さに面食らって、『こんなのムリだ、追いつけるわけがない』って思いました。でも、このステップを使ったらわずかな歩数でカツオさんを追い詰めることができた……
すごい! すごいテクニックですよ、これ!」
俊矢はすっかり興奮している。
カツオは苦笑まじりに言った。
「そう、すごいテクニックなんだ。そしてそのテクニックを、オレは攻略しなくちゃならないんだよ」
「そうでした……すみません、つい興奮して」
俊矢はきまりわるそうにグローブを着けた手で頭をかいた。
カツオは気をとり直して言った。
「それじゃ、次のラウンドはオレが考えた攻略法をやってみようと思う」
「おれは、どうしたらいいですか?」
「俊矢は、いまやったのとおなじやり方で、サークリングをするオレを追い詰めてくれればいい。
今度は、オレは脚(あし)を使いながら攻撃するよ。
俊矢のほうもショートフックが打てる距離まで接近したら、クロス・アームブロックの構えを解(と)いて攻撃に転じてほしいんだ」
「いいんですか? かるい打撃とはいえ級がちがいすぎますから、おれの攻撃はきついと思いますよ」
「そうだね。だからオレは、俊矢に攻撃をさせないようにする。
それが、この攻略法のテーマなんだ」
「具体的には、どんな方法なんですか?」
「それは、実際にやってみせるよ」
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