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「「よっしゃあ!」」
見学者のふたり――誠一と賢策は、ガッツポーズをとった。
いつもはクールな賢策が興奮をあらわにしている。
「カツオ、すごいぞ! 自分を打ちまかした相手を一瞬で倒すなんて!」
「ほんとに、一瞬だった!」
応(こた)える誠一の声も、すっかり興奮しきっている。
「俺には音しか聞こえなかったけど、カツオのパンチが電光石火(でんこう・せっか)で決まったのはわかった!
すごいスピードだ! そして、すごいボクシングだ!」
「ば、ばかな!」
赤コーナーの片倉会長は、わが目をうたがった。
「まさか、こんなことが……有り得ん、烈が倒れるなど、あってはならぬことだ!」
しかし、実際に起こったことを否定しても現実は変わらない。
烈はリングの上で大の字になったまま、まったく動かない。
片倉会長はタオルをつかんだ。
あの様子では失神している可能性がある。タオルを投げて1秒でもはやく闘いを終わらせるのがセコンドの責務というものだろう。
だが、片倉会長はタオルを投げいれることができない。
烈がまけるなんて受けいれられなかった。ましてや自分の決断で敗北を認めるなんて、どうしてもできなかった。
烈が倒れることなど有り得ないはずだった。
いくらフィジカルが強靱(きょうじん)であっても、人間である以上、顎(あご)を打たれたら効いてしまう。それはわかっている。
だからこそ、指導では顎を守ることにこだわったのだ。
ガードやブロックは顎をカバーすることを最優先にした。
構えているときはもちろん、パンチを打っている最中(さいちゅう)でもけっして顎があがらないように訓練した。
驚異的なフィジカルをもっている烈が、徹底して顎を守ることにより、けっして倒れることのない絶対的なタフネスが実現した――はずだった。
まさか、あんな方法で烈の顎をとらえるなんて……。
レフェリー役の月尾会長が、カウントを進めていく。
「……ファイブ、シックス」
片倉会長は、タオルをにぎる手に力をこめた。
しかし、どうしてもリングに投げいれることができない。
「……セブン、エイト」
そのとき、烈の体が動いた。
片倉会長は目をみはった。
練習生たちが驚愕(きょうがく)の声をあげ、ジムがどよめく。
烈が、立ちあがったのだ。
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