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いや、これでいいんだ
闘いがはじまった。
カツオと烈はそれぞれコーナーからでて、リングのほぼ中央で向かい合う。
カツオが左の拳(こぶし)を前にさしだした。
それに呼応(こおう)するかのように烈も左の拳を前にだし、グローブを合わせる。
カツオが跳(と)びのくようにして距離をとった。
フットワークを使い、烈の周囲を高速で移動する。
練習生たちが、おおっ、と驚嘆(きょうたん)の声をあげた。
「は、速(はえ)ぇ! なんてスピードだ!」
「すげぇ! 前回よりもスピードアップしてるぞ!」
「早送りの映像を観(み)てるみたいだ!」
赤コーナーの片倉会長は、自分の読みが当たったことを確信した。
やはり、スピードで逃げ切る作戦できたか。烈が相手ではそれ以外に作戦の立てようがあるまい。
だが、いくらフットワークを速くしたところで烈からはのがれられん!
片倉会長は声をはりあげた。
「烈、ガード3とステップ7だ! 作戦どおりいけ!」
烈は、腕を顎(あご)の前でX字型に交差させ、クロス・アームブロックの構えをとった。
そして、ゆっくりと歩くようなステップで、カツオに迫っていく。
カツオが左まわりのステップとともに、左ジャブを放った。2発、3発――いずれも、烈のX字型のブロックにはじき返された。
烈が、カツオの進路をふさぐようにして立ちはだかり、両者が接近しかけた。
カツオはあわてて右まわりのステップに切り替える。
烈は、すすす、と横に移動してカツオの進路をふさいだ。
「ま、まずい!」
俊矢は狼狽(ろうばい)した。
「大賀選手のショートカット・ステップ、前回よりもレベルアップしてますよ!」
「そうだな」
星乃塚は落ち着いた声で応(こた)える。
「道すじの読みは完璧だし、足裁(あしさば)きもスムーズになっている。いいステップワークだ」
「こ、このままじゃカツオさん、すぐにつかまってしまいますよ!」
「「いや、これでいいんだ」」
星乃塚と霧山が、声をそろえて言った。
俊矢はビデオカメラを構えたまま、ふたりのほうに視線を向けた。しかし、ふたりともリングを見つめたまま口を真一文字(まいち・もんじ)に結んでおり、言葉をつづけようとはしない。
俊矢は、リングに視線をもどした。
カツオが左まわりに方向転換し、ジャブや、ワンツーを放っていく。
烈は、カツオのパンチをクロス・アームブロックではじき返し、ショートカット・ステップでカツオの進路をふさぐ。
カツオは右へ、左へと方向転換をくり返すが、すぐに進路をふさがれてしまい、まわり込むことができない。
サークリングを封じられたカツオが、まっすぐ後ろにさがりはじめた。
「カツオさん、まっすぐさがってはダメです!」
俊矢は叫んだが、しかしカツオの後退はとまらない。
カツオの背中が、ロープに当たった。
「まずい、ロープ際(ぎわ)に追いこまれた!」
「よし、追い詰めた!」
片倉会長は歓喜の声をあげた。
開始からおよそ30秒――
烈が宣言したとおりの時間だった。
烈は、前進して距離を詰めた。
接近をはたした烈は、攻撃に転じるため、クロス・アームブロックの構えを解(と)く。
その瞬間、
パン、バァン――
打撃音がした。
次の瞬間、烈の体が糸の切れたあやつり人形のように、べしゃっとくずれ落ちた。
練習生たちが一斉(いっせい)に、うおおっ、と驚愕(きょうがく)の声をあげた。
「な、なんだ!? 何が起こったんだ!?」
「ロープ際に追い詰められたのは田中(たなか)さんのはずだろ!? なのにどうして相手のほうが倒れたんだ!?」
「アッパーだったのか!? 大賀選手の顔が跳(は)ねあがったように見えたぞ!」
「いや、コンビネーションだろ! 打撃音が2回、聞こえたぞ!」
ジムがどよめいている。
「ダウン!」
レフェリー役の月尾会長が高らかに言い、カウントがはじまった。
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