2019年2月23日土曜日

いや、これでいいんだ

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いや、これでいいんだ



 闘いがはじまった。
 カツオと烈はそれぞれコーナーからでて、リングのほぼ中央で向かい合う。

 カツオが左の拳(こぶし)を前にさしだした。
 それに呼応(こおう)するかのように烈も左の拳を前にだし、グローブを合わせる。

 カツオが跳(と)びのくようにして距離をとった。
 フットワークを使い、烈の周囲を高速で移動する。

 練習生たちが、おおっ、と驚嘆(きょうたん)の声をあげた。

「は、速(はえ)ぇ! なんてスピードだ!」
「すげぇ! 前回よりもスピードアップしてるぞ!」
「早送りの映像を観(み)てるみたいだ!」


 赤コーナーの片倉会長は、自分の読みが当たったことを確信した。
 やはり、スピードで逃げ切る作戦できたか。烈が相手ではそれ以外に作戦の立てようがあるまい。
 だが、いくらフットワークを速くしたところで烈からはのがれられん!

 片倉会長は声をはりあげた。
「烈、ガード3とステップ7だ! 作戦どおりいけ!」


 烈は、腕を顎(あご)の前でX字型に交差させ、クロス・アームブロックの構えをとった。
 そして、ゆっくりと歩くようなステップで、カツオに迫っていく。


 カツオが左まわりのステップとともに、左ジャブを放った。2発、3発――いずれも、烈のX字型のブロックにはじき返された。

 烈が、カツオの進路をふさぐようにして立ちはだかり、両者が接近しかけた。

 カツオはあわてて右まわりのステップに切り替える。

 烈は、すすす、と横に移動してカツオの進路をふさいだ。

「ま、まずい!」
 俊矢は狼狽(ろうばい)した。
「大賀選手のショートカット・ステップ、前回よりもレベルアップしてますよ!」

「そうだな」
 星乃塚は落ち着いた声で応(こた)える。
「道すじの読みは完璧だし、足裁(あしさば)きもスムーズになっている。いいステップワークだ」

「こ、このままじゃカツオさん、すぐにつかまってしまいますよ!」

いや、これでいいんだ
 星乃塚と霧山が、声をそろえて言った。

 俊矢はビデオカメラを構えたまま、ふたりのほうに視線を向けた。しかし、ふたりともリングを見つめたまま口を真一文字(まいち・もんじ)に結んでおり、言葉をつづけようとはしない。
 俊矢は、リングに視線をもどした。

 カツオが左まわりに方向転換し、ジャブや、ワンツーを放っていく。
 烈は、カツオのパンチをクロス・アームブロックではじき返し、ショートカット・ステップでカツオの進路をふさぐ。

 カツオは右へ、左へと方向転換をくり返すが、すぐに進路をふさがれてしまい、まわり込むことができない。
 サークリングを封じられたカツオが、まっすぐ後ろにさがりはじめた。

「カツオさん、まっすぐさがってはダメです!」
 俊矢は叫んだが、しかしカツオの後退はとまらない。

 カツオの背中が、ロープに当たった。

「まずい、ロープ際(ぎわ)に追いこまれた!」


「よし、追い詰めた!」
 片倉会長は歓喜の声をあげた。
 開始からおよそ30秒――
 烈が宣言したとおりの時間だった。


 烈は、前進して距離を詰めた。
 接近をはたした烈は、攻撃に転じるため、クロス・アームブロックの構えを解(と)く。

 その瞬間、

 パン、バァン――

 打撃音がした。

 次の瞬間、烈の体が糸の切れたあやつり人形のように、べしゃっとくずれ落ちた。

 練習生たちが一斉(いっせい)に、うおおっ、と驚愕(きょうがく)の声をあげた。

「な、なんだ!? 何が起こったんだ!?」
「ロープ際に追い詰められたのは田中(たなか)さんのはずだろ!? なのにどうして相手のほうが倒れたんだ!?」
「アッパーだったのか!? 大賀選手の顔が跳(は)ねあがったように見えたぞ!」
「いや、コンビネーションだろ! 打撃音が2回、聞こえたぞ!」

 ジムがどよめいている。

「ダウン!」
 レフェリー役の月尾会長が高らかに言い、カウントがはじまった。

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