2019年2月20日水曜日

白熱の予感(2)

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 ジムに着くと、神保(じんぼ)マネージャーが出迎えるようにしてやってきた。
「大賀くんたちは予定よりも10分から20分くらいおくれるそうです。先方(さきかた)と時間が合うように、ゆっくり準備してください」

「わかりました」

 カツオは更衣室へ行き、トレーニングウェアに着替えた。
 集中力を高めながら、練習場へ移動する。

 練習場にはいってすぐに、ジムの雰囲気(ふんいき)がいつもとちがうことに気づいた。

 その理由はすぐにわかった。
 誰も練習していないのだ。
 ジムには練習生が大勢いるのに、練習をしている者はひとりもいない。リングをかこむようにして群(むら)がり、雑談をかわしている。

 あ然となるカツオのもとに、滝本(たきもと)トレーナーがやってきた。
「驚いたか、カツオ」

「これはいったい……」

「みんな、今日はいつもよりはやくきて、さっさと練習を終わらせちまいやがった」

「どうして、そんな……」

「みんな、おまえと大賀選手のスパーを観戦する気なんだ。練習が終わったやつは帰れ、と怒鳴りつけても、ぜんぜん言うことを聞きやしねぇ」

 そこへ、汗だくの男たちがやってきた。
 星乃塚秀輝(ほしのづか ひでき)、霧山一拳(きりやま いっけん)、山木俊矢(やまき としや)の3人だった。

「よかった、間(ま)に合ったぜ」
 星乃塚が笑みを浮かべながら言った。
「スパーがはじまる前に、なんとか練習を終わらせることができた。これで心おきなく観戦できるぜ」

 つづいて、霧山が言う。
「前回は練習をしていたために見のがしてしまった。今日は、腰をすえて観戦できそうだ」

 滝本トレーナーはあきれ顔になった。
「まったく、おまえたちまで何をやってるんだ。プロとプロ候補生がそろいもそろって野次馬(やじうま)根性だしやがって。恥ずかしくないのか」

「恥ずかしくなんてありません」
 俊矢が毅然(きぜん)とした口調で言った。
「人がやっているボクシングを観ることも重要な練習です。月尾(つきお)会長はいつもおれにそう言っています」

「む……」
 滝本トレーナーは言葉に窮(きゅう)している。

「はっはっはっ、一本とられたな、滝本」
 快活(かいかつ)な笑声をあげながら、月尾会長があらわれた。
「たしかに俊矢の言うとおりだ。今日のスパーは観(み)ておくと勉強になるだろう。だがな、ただ観てるだけじゃなく、俊矢には仕事もしてもらうぞ」
 言って、会長はビデオカメラを俊矢に手渡した。

 星乃塚の顔に嬉しそうな笑みが浮かぶ。

「俊矢がまたビデオ係か。そういうことなら、俺がまた解説者になってやるぜ。今回はゲスト解説者もいるしな」
 星乃塚が、霧山の肩をぽんと叩いた。

「星乃塚さんとおなじ路線に、自分を巻き込まないでください」
 霧山は露骨(ろこつ)に迷惑そうな顔をしている。

 月尾会長は、はっはっはっ、と声をあげて笑った。
「おまえたち、黙っていろとは言わないが、カメラの近くであまり話し込むなよ。会話がぜんぶ録音されちまう。これは片倉(かたくら)会長にさしあげるために録画するんだからな。滑稽(こっけい)な映像にならないように、会話はなるべく控えるようにしろよ」

 星乃塚は「わかりました」と答えたが、顔を見るかぎり本当に言葉数をへらす気があるようには思えない。
 それどころか解説したくてウズウズしているように見える。

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