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第六章
白熱の予感
カツオは自転車に乗り、家をでた。
陽(ひ)が落ちはじめている。
少し走ったところで、誠一(せいいち)に会った。
「カツオ、いまから練習か?」
誠一は、やさしい笑みを浮かべている。
あの日、誠一と賢策(けんさく)が一緒に落ち込んでくれたおかげで、カツオは自分の『いま幸せ』を思いだすことができた。
あのあとすぐに誠一と賢策にメールを送り、ボクシングをつづける決心をしたことをふたりに伝えた。
それ以後は練習に夢中になっていて、連絡をしていなかった。
「うん、いまからジムだよ」
カツオは答えて言った。
「だけど、今日は練習というより本番の日なんだ」
「本番?」
カツオは、今日は大賀烈(おおが れつ)とスパーリングをやる日だということを話した。
「そうか、またその相手とやるのか。カツオにとってはリベンジマッチだな」
「うん、そうなんだ」
「緊張してるか?」
「すごく緊張してるよ、いい意味でね。集中してるって言うか、意識が『勝利』にぴたっと合わさってるっていうか、そんな感じなんだ」
「そうか」
誠一は目を細めて微笑んだ。
誠一のその笑顔を見て、カツオは自分が変わったことを実感した。
へたれだったころのカツオなら本番を前にしてこんなことは言えない。おそれおののいてガチガチになっていたはずだ。
これまでの練習で『やるべきことはぜんぶやった』と思っている。それが自信につながっているのかもしれない。
誠一は、
「じゃ、またな」
と言って去っていった。
カツオは、ジムに向かって自転車を走らせた。
ペダルをこぎながら、カツオは「おや?」と思った。誠一の去り方がやけにあっさりしていたことに気づいたのだ。誠一の性格を考えたら、何か激励(げきれい)の言葉をかけそうなものなのだが……。
しかし、それを疑問に思ったのはほんの束の間(つかのま)のことで、すぐにまたカツオの頭のなかは今日のスパーリングのことでいっぱいになった。
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