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烈は15ラウンドの練習を終え、クールダウンのストレッチをしている。
片倉会長は烈のもとへ行き、言った。
「烈、たったいま月尾ジムのマネージャーから電話があった。また田中(たなか)くんとスパーをやらないかという申し出だった」
「田中選手と!?」
「それも、前回とおなじように、試合形式でやりたいと言っている」
「向こうからそう言ってきたのか?」
「ああ、そうだ。3日後でどうかと言っているが、どうする? 受けるか?」
正直、願ってもない申し出だった。だから、烈がなんと答えるかはわかっていた。
烈は、語気(ごき)を強くして言った。
「もちろんだ! その勝負、受けて立つ!」
やはり、思ったとおりの答えだった。
「今度は田中くんのほうがこっちへきてもいいと言ってるが、どうする?」
「いや、こっちから行くぜ。そのほうが、お互いに熱くなれるからな」
「そうか、わかった」
片倉会長は、月尾ジムに返答の電話をいれるため、その場をはなれた。
歩きながら、おもわず笑みがこぼれる。まさか向こうから話をもちかけてくるなんて完全に予想外だった。
片倉は思った。
おそらく田中くんのほうでも対策を練(ね)り、練習を積み重ねたのだろう。そして、烈に勝てるだけの自信がついた。だから、あんなかたちでノックアウトされたにもかかわらず、向こうからやりたいと言ってきたのだろう――
しかし、いくらフットワークにみがきをかけたところで、烈には勝てない。なぜなら、烈のほうも進化しているからだ――
片倉会長は、カツオがまたサークリング・テクニックでくると読んでいた。打ち合いになったら烈に勝てる可能性などない。得意のスピードで対抗しようと考えるのは明白だ。
おそらくあれからスピードをみがき、さらに速いフットワークができるようになったのだろう。もっと速くなれば、烈から逃げ切れると信じて。
だが、烈はあれからショートカット・ステップにみがきをかけた。前にスパーリングをやったときよりも格段にレベルアップしている。
あとは、実戦で使う経験さえすれば完全にモノになる。
そして、実戦で使うチャンスが、向こうから転がり込んできた。
棚からぼた餅とは、まさにこのことだな――
片倉会長は相好(そうごう)がくずれてしまうのを抑(おさ)えられぬまま、月尾ジムに返答の電話をかけた。
こうして、カツオと烈の2度目のスパーリングが決まった。
8月も残りわずかとなり、夏がもうすぐ終わろうとしている時節だった。
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