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再戦の頃合い
「なんだ、あのパンチは!?」
練習生たちが、ざわついていた。
カツオがリングのなかでシャドーボクシングをやっている。
フットワークを使いながらジャブやワンツーを放つという、いつもどおりの動きから、とつぜん変則的なパンチをくりだす。
そのたびに練習生たちは驚きの声をあげていた。
「あれはいったい、何をやっているんだ?」
カツオの変則的な動作に練習生たちは目をみはり、首をかしげている。
シャドーボクシングのときだけではなく、サンドバッグ打ちでもカツオは変則的なパンチをくりだしている。
俊矢は、カツオの変則的な動作にどんな意味があるのかわからなかったが、しかし、カツオが新しい攻略法を考えてきたことを知り、歓喜した。
「すごい! たった1日で次の手を考えてくるなんて、さすがカツオさんです!」
カツオは、俊矢とマスボクシングをおこなった。
対人練習においても、カツオはシャドーボクシングのときとおなじ動きをした。
だが、あの変則的なパンチは、打つそぶりを見せるだけで、パンチをくりだしたりはしない。タイミングを体におぼえ込ませているような感じだった。
カツオの変則的な動作にどんな意味があるのか、俊矢や練習生たちには理解できず、首をかしげるばかりだった。
だが、ジムのなかの5人は、カツオの動きを読みとっていた。
星乃塚秀輝(ほしのづか ひでき)は言う。
「カツオめ、その方法を思いついたか! まったく、いいひらめきをしてるぜ」
霧山一拳(きりやま いっけん)は言う。
「やるな、カツオ。決まれば確実に倒せる技だ!」
神保(じんぼ)マネージャーは言う。
「その方法は、さすがに私も思いつきませんでした。なかなかの策士ですね、カツオくんも」
月尾会長は言う。
「ほう、そのやり方でくるか。なつかしい打ち方だな。温故知新(おんこ・ちしん)、ふるいテクニックの復活とも言えるな」
そして、滝本トレーナーは言う。
「カツオのやつ、その方法にたどり着いたか! ひとりでよくそこまできたな。たくましくなりやがって」
相好(そうごう)をくずしながら、滝本トレーナーはミットを手にとる。
「だがな、そのパンチを実戦で使えるようにするには、俺の助けがないとムリだぜ」
両手にミットを装着した滝本トレーナーは、サンドバッグ打ちをしているカツオに向かって声をはりあげた。
「カツオ、リングにあがれ! ミット打ちだ!」
カツオは驚いた顔で滝本を見ている。
カツオが「自分で考えたメニューで練習がしたい」と申し出て以来、滝本はいちども練習に口をだしてこなかったのだ。
滝本は、笑みを浮かべて言う。
「その技をモノにしたいのなら、新しいスピードの概念(がいねん)を体得する必要がある。それには、ミット打ちがいちばんだ!」
カツオは目を丸くし、そして、笑顔になった。
滝本トレーナーはカツオの練習に口だしをしているのではなく、カツオの練習を支援しようとしているのだ。
「はい、お願いします!」
カツオは大きな声で応(こた)え、リングにあがった。
変則パンチの特訓がはじまる。
「ちがう、タイミングがずれてる!」
「ダメだ、1発目がよわい!」
「今度は2発目がおそい!」
滝本トレーナーの威勢のいい声が響き渡り、月尾ジムは活気に満ちあふれた。
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