2019年2月13日水曜日

踏み込むスピードを、パンチ力に変える(4)

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「そうなんだ。練習を重ねていくうちに、この闘い方はオレのご都合(つごう)主義で成り立ってるって気づいたんだ。
 そもそもボディ狙いでいくという発想そのものが無謀(むぼう)だったんだよ。あんなふうにボディをがら空(あ)きにして構えるということは、ボディのタフネスに絶対的な自信があるってことなんだ。そんな相手にボディを打ちにいくなんて、みずから罠(わな)にかかりにいくようなもんだよ」

「それじゃ、この攻略案は……」

「残念だけど、没(ぼつ)だね。この闘い方じゃ大賀選手には勝てないと思う」

「また没ですか。あんなに踏み込みの練習をしたのに……」
 俊矢は落胆してうなだれている。

 カツオは、俊矢を励(はげ)ますようにして言った。
「だいじょうぶだよ、俊矢。攻略案はふたつとも没になったけど、逆の見方(みかた)をすれば、それだけ前へ進んだってことさ。このふたつのアイデアは使えないってわかったんだからね。選択肢(せんたくし)が少なくなったぶん『答え』にたどり着く確率がそれだけ大きくなったってことだよ」

「カツオさんには、ほかにもまだアイデアがあるんですか?」

「いや、何も」

「何もって、ダメじゃないですか……」

「心配ないって、これから落ち着いて考えるよ。
 どんなことにだって『答え』はある。そしてオレは『答え』が見つかるまでけっしてあきらめるつもりはない。だからかならず『答え』は見つかるよ」

 俊矢は目を輝かせてカツオを見つめている。
「カツオさん、さすがです! けっしてあきらめない前向きな姿勢、感動しました!」

「大げさだよ、俊矢は」

 カツオは笑ってみせた。
 だが、胸のうちはけっして明るくなかった。

 カツオは思う。
 あの相手――大賀選手に勝つには、ボディブローじゃダメだ。やはり絶対的な急所である顎(あご)を打ち抜くしかない。
 顎をとらえれば、オレのパンチ力でも大賀選手を倒すことができる。星乃塚さんもそう言ってたじゃないか。

 ……でも、どうやって?
 顎をめいっぱい引き、クロス・アームブロックで構えているあの相手に、どうすれば当てられるんだ……。

 目指す『答え』は、遠い彼方(かなた)のように思えた。



 カツオのやつ、ついに気づいたか――
 ふたりのやりとりを見守っていた滝本トレーナーは、心のなかでつぶやく。

 カツオ、気づいたのはさすがだぜ。
 だが、おまえにはもうアイデアがないはずだ。
 ……さあ、どうする? これからどうするつもりだ?

 その問いは心のなかで発したものであり、とうぜんカツオの返答はない。
 その答えは、カツオを見守りつづけることでしか得られないのだった。

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