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「そうなんだ。練習を重ねていくうちに、この闘い方はオレのご都合(つごう)主義で成り立ってるって気づいたんだ。
そもそもボディ狙いでいくという発想そのものが無謀(むぼう)だったんだよ。あんなふうにボディをがら空(あ)きにして構えるということは、ボディのタフネスに絶対的な自信があるってことなんだ。そんな相手にボディを打ちにいくなんて、みずから罠(わな)にかかりにいくようなもんだよ」
「それじゃ、この攻略案は……」
「残念だけど、没(ぼつ)だね。この闘い方じゃ大賀選手には勝てないと思う」
「また没ですか。あんなに踏み込みの練習をしたのに……」
俊矢は落胆してうなだれている。
カツオは、俊矢を励(はげ)ますようにして言った。
「だいじょうぶだよ、俊矢。攻略案はふたつとも没になったけど、逆の見方(みかた)をすれば、それだけ前へ進んだってことさ。このふたつのアイデアは使えないってわかったんだからね。選択肢(せんたくし)が少なくなったぶん『答え』にたどり着く確率がそれだけ大きくなったってことだよ」
「カツオさんには、ほかにもまだアイデアがあるんですか?」
「いや、何も」
「何もって、ダメじゃないですか……」
「心配ないって、これから落ち着いて考えるよ。
どんなことにだって『答え』はある。そしてオレは『答え』が見つかるまでけっしてあきらめるつもりはない。だからかならず『答え』は見つかるよ」
俊矢は目を輝かせてカツオを見つめている。
「カツオさん、さすがです! けっしてあきらめない前向きな姿勢、感動しました!」
「大げさだよ、俊矢は」
カツオは笑ってみせた。
だが、胸のうちはけっして明るくなかった。
カツオは思う。
あの相手――大賀選手に勝つには、ボディブローじゃダメだ。やはり絶対的な急所である顎(あご)を打ち抜くしかない。
顎をとらえれば、オレのパンチ力でも大賀選手を倒すことができる。星乃塚さんもそう言ってたじゃないか。
……でも、どうやって?
顎をめいっぱい引き、クロス・アームブロックで構えているあの相手に、どうすれば当てられるんだ……。
目指す『答え』は、遠い彼方(かなた)のように思えた。
カツオのやつ、ついに気づいたか――
ふたりのやりとりを見守っていた滝本トレーナーは、心のなかでつぶやく。
カツオ、気づいたのはさすがだぜ。
だが、おまえにはもうアイデアがないはずだ。
……さあ、どうする? これからどうするつもりだ?
その問いは心のなかで発したものであり、とうぜんカツオの返答はない。
その答えは、カツオを見守りつづけることでしか得られないのだった。
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