2019年2月12日火曜日

踏み込むスピードを、パンチ力に変える(3)

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 踏み込みの練習をはじめてから、俊矢と4度目のマスボクシングをおこなった。

 いつものように俊矢はクロス・アームブロックの構えでカツオを追い詰めようとする。
 カツオは左ジャブを打ちながら俊矢の周囲を移動し、そして、勢いよく跳び込んでレバーブローを放った。

「うおっ!」
 俊矢はおもわず声をあげた。
 カツオの踏み込みが予想以上に速かったのだ。

 カツオの拳(こぶし)は、俊矢の脇腹の数ミリ手前で寸止(すんど)めされている。

「す、すごい! すごいスピードでしたよ、カツオさん! いまの踏み込みなら、大賀選手だってきっと倒れますよ!」

「いや、ダメだ……この闘い方じゃ、大賀選手には勝てない」

「どうしてですか!? 全体重を高速で浴びせかける踏み込みが、ついにできたんですよ! いまのスピードなら絶対に効かせられますよ!」

「そう、まさにそこなんだ。そこに、大きな矛盾(むじゅん)があることがわかったんだ」

「矛盾?」

「踏み込むスピードをあげればあげるほど、打ったあとにはなれることができないってことだよ。跳び込んだ勢いをとめるために足を強く踏んばらないといけないからね。
 踏み込みのスピードをあげるほど、パンチのあとは接近した状態でとまることになる。つまり、パンチを強く打つと、みずから大賀選手につかまりに行くことになるんだ」

「いや、だいじょうぶですよ。あの勢いでレバーを叩けば大賀選手だってきっと倒れます。
 最低でも、うっと前かがみになって動きがとまります。
 反撃なんてできませんよ」

「そうなってくれたらありがたいけど、でも、それは希望的観測ってやつだよ。いくら強く叩いても、ボディブローで大賀選手を効かせるのはむずかしい。練習を重ねていくうちに、それに気づいたんだ」

「……どういうことですか?」

「右の脇腹は、たしかに急所だけど、でもそこを叩けばかならず効かせられるわけじゃない。
 鍛えられたボディを効かせるには、相手の意識をボディからそらし、不意打ちみたいにしてボディを打たなくてはいけない。
 だけど、不意打ちのようにボディブローを決めるなんて、大賀選手にはムリだって気づいたんだ」

「どうしてですか? カツオさんのスピードなら不意打ちみたいにして当たりますよ。一瞬で跳び込んできますからね」

「いや、やっぱりそれは希望的観測だよ」

「どうしてですか?」

「目だよ。大賀選手は、闘っているあいだけっして相手から目を切らない。まばたきひとつしないんだ。X字型の構えの隙間(すきま)から、上目(うわめ)づかいでずっと相手を見すえつづけている」

「たしかに、まるで睨(にら)みながら闘っているかのようでした」

「あれだけしっかり見られていたら、不意打ちみたいにして当てるなんて不可能に近い。遠い間合いから踏み込んで打つとなるとなおさらだ。どんなにスピードを速くしても、はなれた間合いから打つパンチは相手に動きが見えてしまうからね」

「だったら、踏み込む直前に相手の顔面にジャブを打つそぶりを見せるというのはどうですか?
 ジャブで牽制(けんせい)して相手の意識を顔面にもっていき、その隙(すき)に跳び込んでレバーブローを決める――
 これなら、不意打ちのように当てることができると思いますよ」

「並(なみ)の相手だったら、そのやり方は有効だろうね。でも、大賀選手にも通用するって考えるのは、やっぱり希望的観測だよね。
 そのフェイントは、相手が顔面へのパンチに反応してくれる場合にのみ効果を発揮する。でも大賀選手の場合は、クロス・アームブロックの構えをとった時点で『顔面への攻撃はすべてブロックで受けとめる』と割り切っている。顔面にフェイントをかけたところで過剰な反応をするとは思えないよ」

「なんだかこの闘い方、希望的観測ばかりになってしまいましたね……」

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