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ふたりは肩をならべて町なかを歩いていく。
夜になっても蒸し暑かった。ゆっくりした歩調であっても汗がにじみでてくる。
「それにしても――」
霧山が、自転車を押しながら言った。
「滝本トレーナーは、どうして星乃塚さんに頼んだのでしょうか? 自分の場合は、家の方向が途中までカツオと一緒なので、自分に頼むのならわかるのですが……」
霧山とカツオは、自転車でジムにかよっている。住んでいる場所もあまり遠くない。
だが、星乃塚は電車でジムにかよっており、家の方角はまったくちがうのだ。歩いていくとなると、けっこうな距離だった。
「さては霧山、滝本さんがおまえに頼まなかったから俺に嫉妬(しっと)してるな。それで一緒に行きたいなんて言いだしたんだろう」
「そんなんじゃありません」
冗談が通じない性格の霧山は、生真面目(きまじめ)な口調で言葉を返した。
「自分がスランプになっていたとき、カツオはいろいろと助けてくれました。今度は自分がカツオを励(はげ)ましてやりたい、そう思っただけです」
六回戦にあがってから霧山は思うように勝つことができず、スランプにおちいっていた。
はじめての敗北、そして連敗――何をやってもうまくいかず、泥沼のような状態だった。
そこから復活することができたのは、滝本トレーナーの『構え』に対するアドバイスがあったからなのだが、そのときカツオは裏方(うらかた)の役目をにない、親身になって霧山をサポートしたのだ。
「霧山の気持ちはわかるけどな。でも、カツオに会ったところで何もしてやれないぞ。なにせ『自力で立ち直ることもアレの重要な目的』なんだからな」
星乃塚は、神保マネージャーに対する皮肉を込めて、言った。
「わかってます」
霧山は、生真面目な口調で応(こた)えた。
「何もしてやれなくても、こうして会いに行くことに意味があるんです。苦しいときに想いを分かち合ってくれる仲間がいる――それだけで、心がかるくなりますから」
「カツオはいい先輩をもったな。俺もふくめて」
「星乃塚さんこそ、だいじょうぶですか? カツオが落ち込んでいる姿を見たりしたら、星乃塚さんは黙っていられないでしょう。口がかるいことで有名なんですから」
「ああ、そのことなら気にしなくていい。俺のほうは、滝本さんから暗黙(あんもく)の了解を得てるからな」
「……どういうことですか?」
「滝本さんがなんで俺を指名したと思う? 俺を行かせればカツオの様子を見るだけでは終わらない、かならず何かアドバイスをするに決まってる――滝本さんはそう踏んだのさ。
立場上、滝本さんにはできないことを、俺にやってもらおうってことだな」
「それじゃ、マネージャーのことはどうするんです? よけいなことを言わないように念を押されていたではありませんか」
「あのドSのことならだいじょうぶだ。そこらへんは、ちゃんと心得(こころえ)てるよ」
星乃塚は、自信満々にそう答えた。
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