2019年1月7日月曜日

カツオはいい先輩をもったな(2)

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「星乃塚さん」

 ジムをでてしばらく歩いたところで、後ろから声をかけられた。

 霧山一拳(きりやま いっけん)だった。
 自転車を押しながらこちらに向かってくる。


 霧山は、月尾(つきお)ジムのプロボクサーだ。年齢は22歳で、星乃塚の後輩にあたる。
 階級はフェザー級。
 立ち居振る舞い(たちい・ふるまい)は若武者のように凜々(りり)しい。カツオの言葉をかりれば「まるで時代劇の主人公」のようだ。

 実家は空手の道場で、父は師範、兄は師範代という武道一家。
 霧山自身も高校3年生になるまで空手ひとすじだったが、思うところがありボクシングをはじめた。

 19歳のときにプロデビュー。
 戦績は5勝2敗2引き分け。5勝のうち4試合をノックアウトで勝利している。
 2ヶ月後には星乃塚とおなじ日に試合をやることが決まっており、星乃塚に次(つ)ぐ月尾ジムの中心選手だった。

「星乃塚さん、これからカツオのところに行くんですよね? 自分も一緒に行ってかまいませんか?」

「おまえ、盗み聞きしてたのか。そういう陰湿なことしてると、そのうちマネージャーみたいになっちまうぞ」

「人聞きのわるいことを言わないでください。盗み聞きしたわけではなく、聞こえてしまったんです。扉の前で話し込んでいたので、更衣室からでられなかったんです」

「理屈をならべて正当化か。ますますマネージャーっぽいぞ」

「……とにかく、勝手について行きますから」

 霧山は星乃塚のとなりにならび、一緒に歩きはじめた。

 霧山は寡黙(かもく)な男だ。必要最低限の言葉しか口にしないので、無愛想(ぶあいそう)だと思われることもある。
 しかし、星乃塚といるときはどういうわけか言葉数が多くなる。
 星乃塚のアニキ肌な性格がそうさせるのか、それとも星乃塚のペースに巻き込まれているだけなのか……いずれにしても、星乃塚のことを先輩として慕(した)っているのはたしかだった。

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