2019年1月6日日曜日

カツオはいい先輩をもったな(1)

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第四章




カツオはいい先輩をもったな



「星乃塚(ほしのづか)」

 名前を呼ばれ、星乃塚秀輝(ひでき)は後ろを振り返った。
 練習を終え、着替えをすませて更衣室をでたところだった。

 声の主(ぬし)は、滝本(たきもと)トレーナーだった。

「滝本さん……どうかしたんですか?」

「いや、べつに大(たい)したことじゃないんだが……ちょっと頼まれてくれないか?」
 滝本トレーナーは暗い声で言った。
 あのスパーリング以降、ずっと元気をなくしている。

 星乃塚が「俺にできることなら」と答えると、滝本トレーナーは透明のケースにはいったディスクと、住所と地図が記(しる)されたメモを星乃塚にさしだした。

「このディスクにこのあいだのスパーが録画されている。これを、カツオにとどけてきてくれないか?」

「このあいだのスパーですか……」

「カツオはまだ、これを観(み)る気にはなれねぇかもしれん。だが、渡しておきてぇんだ。
 とどけてくれるか?」

「べつにいいですけど、でも、なんで俺に――」
 そこまで言って、星乃塚は言葉をとめた。
 滝本トレーナーの意図(いと)を察したからだ。

「わかりました。そういうことなら俺にまかせてください」
 星乃塚はディスクとメモを受けとった。

 そのとき、
「星乃塚くん」
 滝本トレーナーの背後から神保(じんぼ)マネージャーがぬっと姿をあらわし、星乃塚はびくっとなった。

「マネージャー! いつからそこに!?」

「たしか、滝本トレーナーが『ちょっと頼まれてくれないか』と言ったあたりからですかね」

「最初からじゃねぇか」

「それはさておき――」
 神保マネージャーは右手の中指をピンと立てて眼鏡のずれを直し、冷たい声で言った。
「カツオくんに会うのはかまいませんが、くれぐれもよけいなことを言わないようにしてください。自力で立ち直ることも、アレの重要な目的なんですからね」

「……わかったよ」

「本当ですか? 星乃塚くん、口がかるいから心配ですね」

「しつけぇな、何も言わねぇよ。ふつうにとどけるだけだ」

 星乃塚は滝本トレーナーに目配(めくば)せした。
『だいじょうぶ、ちゃんとやりますから』という合図(あいず)だったが、カツオのことがよほど心配なのか、滝本トレーナーの顔はくもったままだった。

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