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『ステップ7』の指示をだしてからは、烈の一方的なペースになった。
サークリングを封じ、相手をコーナーに追い詰め、重いショートパンチを放つ。
2ラウンド目には、左アッパーでダウンを奪った。
ロープ・ア・ドープ作戦で逆転をもくろむ相手に、力をセーブしたパンチを浴びせ、相手の体力を少しずつそぎ落としていく。
3ラウンド目、相手はロープ・ア・ドープ作戦が通用しないことに気づき、烈に打ち合いを挑(いど)んでくる。
激しい打ち合いになったが、フィジカルで圧倒している烈が優勢に立つ。
そして、片倉が『ファイトタイプZだ』と叫ぶ。
Zは終わりを意味する合図(あいず)――「全力でラッシュして勝負を決めろ」という指示だ。
烈が、フルパワーでフックの連打を放った。
右、左、右――強烈な連打を浴びてくずれ落ちそうになる相手を、レフェリー役の月尾会長が割ってはいって抱きかかえる。
烈のテクニカル・ノックアウト勝利だ。
この一連の映像を、片倉と烈は無言のまま観(み)ていた。
状況に合った的確な指示を片倉が与え、烈がそれを実行し、すべてがうまくいった。その様子を第三者の視点から再確認したというだけで、特に語り合うべきことはなかったのだ。
言葉はなかったが、モニターを見つめる烈の顔は真剣なものだった。
そして、再生が終わると、烈はふうっと息をつき、いちだんと険(けわ)しい表情になった。
「田中勝男(たなか かつお)選手……
手強(てごわ)い相手だった。プロでの試合もふくめ、おれがいままで闘ったなかでいちばん強い相手だった」
「そうだな。あのスピードと、あのボクシング・センスをもち合わせていながらまだ練習生だなんて、俺も心底(しんそこ)驚いたよ。
とはいえ、最後は完全勝利で終わったが――」
「完全勝利? とんでもない! ノックアウトで終わっただけで、完璧な勝ち方とは言えない内容だった。
サークリング封じのステップは結果的にうまくいったが、追い詰めるまでに時間がかかりすぎている。追い詰める方法は正しかったのに、おれのテクニックが未熟なせいで勝機を間延(まの)びさせてしまった。
あのステップが完璧だったら2ラウンド、いや、1ラウンドで決着がついていたはずだ。あんなモタモタした闘い方で満足などできるわけがない!」
片倉は驚き、目をみはった。それは嬉しい驚きだった。
ノックアウトで勝利したにもかかわらず烈は満足していない。烈は、さらなる高みを見ているのだ
烈は、決然(けつぜん)たる口調で言った。
「おれは、あのステップワークにみがきをかける――今日からそれをテーマに練習する。会長、かまわないだろうか?」
「もちろんだ。……だが、マスボクシングの相手はできないぞ。田中くんのようなフットワークは、俺にはとてもムリだからな」
「シャドーで充分だ。いちど対戦したんで、田中選手の動きははっきりとイメージできる。
おれは田中選手の幻影を――彼のシャドーを、あのステップワークで追い詰めていく。会長は第三者の目から見て、おれのステップに問題があったら教えてほしい」
烈にとって、田中勝男との闘いはまだ終わっていなかった。納得のいくかたちで攻略できるようになるまでは終わらないのだ。
次にまた彼と対戦する機会がやってくるかどうかはわからない。もしかしたらもう二度と拳(こぶし)をまじえることはないかもしれない。
それでも烈は、完璧をめざしてテクニックにみがきをかけようとしている。
烈の妥協(だきょう)のない姿勢を、片倉は嬉しく思った。
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