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画面のなかでスパーリングが進行していく。
烈が構え方をクロス・アームブロックに変え、どよめきが起こった。
烈が構え方を変えたことによって、カツオのパンチが当たらなくなる。
「さっきから思ってたんだが――」
烈が、吹きだしそうになるのをこらえながら言った。
「この驚き役と解説者のコンビ、いい味だしてるよな」
烈の言う『驚き役と解説者のコンビ』というのは、俊矢(としや)と星乃塚(ほしのづか)のことだ。
ビデオ係の俊矢が、ビデオのそばで星乃塚と会話をしていたのだから、その声はとうぜん、すべて記録されている。
片倉会長も、おもわず笑みがこぼれた。
「たしかにちょっと滑稽(こっけい)だな。でも、彼らの会話はいいポイントをついてるぞ」
「そうだな。ある意味、おれたちとおなじだよな。スパーを観ながら解説を聞くことで勉強している。この解説者、そうとうボクシングに詳(くわ)しい人物だな」
「そりゃそうだろう。声の主(ぬし)は〈タクティシャン〉の異名をもつ、あの星乃塚秀輝選手だからな」
「現役の日本ランカーか! どうりで……」
画面には、カツオのノー・モーションのパンチを烈がクロス・アームブロックで防ぐ姿が映しだされている。
次の瞬間、モニターの音声が片倉の『ステップ7だ!』と叫ぶ声を再生した。
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片倉は、作戦の指示を暗号化している。
「ガード3」は、クロス・アームブロック――
「ステップ7」は、サークリング封じのステップワーク――
「コンビネーション4」は、ボディフックの連打から顔面にアッパーを返す連続攻撃――
「ファイトタイプG」は、力をセーブしたショートパンチで相手の体力を徐々に奪っていく戦術――
といったように。
このアイデアは、カス・ダマトが考案したナンバーシステムを参考にした。
ダマトは狙う部位に番号をつけ、その番号を伝えることで指示をだしていた。
セコンドが「ボディから顔面に返せ」という言い方で指示をだしたら、相手にもバレてしまう。
そのためダマトはナンバーシステムを考案し、指示の暗号化をはかったのだ。
この発想を片倉はとりいれ、アレンジした。
作戦の指示に番号やアルファベットを当てることで、相手に気づかれることなく、烈だけに伝えることができるのだ。
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※タクティシャン(tactician)……「戦術家」や「策士(さくし)」という意味の英語。「策士」といっても陰謀(いんぼう)のような悪質な意味合いは薄く、「頭脳的な戦略・戦術をもちいる人物」という意味で使われることが多いです。