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「烈、いいところに気づいたな――」
片倉は、烈の疑問について解説する。
「彼はパンチを放つとき、瞬発力を抑(おさ)えた打ち方をしている。つまり、疲れないように力をセーブして打ってるんだ」
「あれで瞬発力を抑えているのか? 対戦しているときはものすごく速く感じた。
見えてはいたよ、動きだす瞬間はちゃんと見えていた。だが、『きた』と思った瞬間にはもうパンチが当たっていた。
見えてはいたのに、反応ができなかったんだ」
「そう、そこがポイントだ。
彼は、疲れないように瞬発力を抑えて打っている。だから、パンチそのものは超高速と言えるほど速くはない。
その代わり、彼はモーション――予備動作のない打ち方をしている。ノー・モーションのパンチは反応がむずかしい。打ちはじめてから当たるまでの時間がみじかいからな。
だから、拳(こぶし)自体のスピードは速くなくても、実際に対戦すると反応が間(ま)に合わないために速く感じるんだ」
「なるほど、そういうことだったのか」
「この力の使い方は、全盛期のモハメド・アリとおなじだ。
アリの基本的なパンチは、瞬発力を抑え、ノー・モーションで放つ打ち方だ。
アリが瞬発力を使うのは『ここぞ』という局面だけだった。それ以外はスタミナを温存しながらパンチを打っている。
しかし、対戦相手のほうはスピードで圧倒されていると感じて、あせりをおぼえる。アリのノー・モーションのパンチに反応できないからだ。
そして、アリに対抗するため瞬発力をフルに使い、自分も速く動こうとする。結果としてアリよりも先にスタミナ切れを起こし、アリにたたみかけられることになるんだ」
「……おれも、あせってもっと速く動こうとしていたら、田中選手の術中(じゅっちゅう)にはまっていたかもしれないな」
烈は、相手のことを『田中選手』と言った。
プロボクシングにおいて『選手』というのは試合をやる者、すなわちプロボクサーのことだ。しかし相手はまだ練習生なのだから『選手』という言い方は正しくない。
それを承知のうえで、烈は『田中選手』という言い方をしている。
彼にはすでにプロの実力がある――その敬意を込めての『田中選手』にちがいなかった。
「それにしても、あれで瞬発力を抑えているとはな……」
烈は、感嘆(かんたん)まじりに言う。
「喰らったときの衝撃は、思いのほか強かった。もしパンチが弱打(じゃくだ)なら、『防御せずに好きなだけ打たせながら、かまわず前へでて強いパンチを打ち返す』という闘い方もできた。
だが、それができないだけの威力が、田中選手のパンチにはあった」
「脚(あし)だよ。彼のパンチは脚の動きと連動している。
左まわりをしながら打っているが、その体の使い方は、踏み込んで打つときと一緒なんだ」
「なるほど、それでパンチに威力があったんだな」
「彼からパンチ力を奪うには、ロープやコーナーに追い込んで、あのフットワークをとめてしまうのがいちばんだ。リズミカルにフットワークを使っているあいだは、脚の力をパンチ力に変換してしまう。
だが脚をとめてしまえば、彼のパンチはスナップだけになる。わるい言い方をすれば『手打ちのパンチ』になるんだ」
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