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映像を観ながら解説を聞く、という練習法
エムビージムの入口のかたわらに、モニターが設置されている。
ふだんはボクササイズをおこなっている様子や、烈の過去2試合の映像を流している。ジムの前を通りかかるフィットネス会員の興味をひき、入門者を増やすのが目的だ。
片倉会長と大賀烈は、モニターの前に立った。
片倉会長が、ドライブのなかのディスクを交換する。
モニターに、いつも流している宣伝映像とはちがうシーンが映しだされた。先日、月尾ジムでおこなわれたスパーリングの映像だ。
あの日、スパーリングが終わったあと、撮影したデータを神保マネージャーがディスクに焼いてくれたのだ。
モニターに、あの日のスパーリングが再生される。
片倉と烈は、真剣な眼差しでモニターを見つめ、あの激闘の検証をはじめた。
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ボクシングの映像を観(み)ることを、片倉は『重要な練習』と位置づけている。
さらに、この練習の効果を高めるために、
「烈が映像を観ているかたわらで、片倉が解説をする」
というやり方をとっている。
さらに、この練習の効果を高めるために、
「烈が映像を観ているかたわらで、片倉が解説をする」
というやり方をとっている。
このやり方は、ボクシング史にのこる名伯楽(めいはくらく)のひとり、カス・ダマトの指導法を参考にしている。
カス・ダマトは、史上最年少でヘビー級チャンピオンになったマイク・タイソンを育てた人物だ。
ダマトは、少年院を出所したタイソンの法的保護者となり、ボクシングを教えた。
その指導法のひとつに、『映像を流しながら解説をする』というものがあった。
ダマトはボクシングの試合映像を数多くもっていた。
それをタイソンと一緒に観ながら、映像のボクサーが使っているテクニックや戦術について解説し、タイソンに聞かせたのだ。
地味ではあるが、効果の大きい指導法と言える。
質の高いボクサーになるには、「ボクシングに対する深い知識と理解」が不可欠だからだ。
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1ラウンド前半、カツオが速いフットワークでサークリングし、左ジャブ、ワンツーを放っていく。
烈が、おや? という顔をした。
「映像で観ると、思っていたほど速くないな。
たしかにフットワークは映像でも驚くほど速い。だが、パンチはそれほどじゃない。
実際に対戦しているときは、とてつもなく速く感じたのに」
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※名伯楽(めいはくらく)……もとは「馬の目利き」を意味する言葉。現在はスポーツなどで「優れた指導力を発揮する人物」を指す言葉として使われています。