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無敗の男の真実
「無敗の男の真実! 星乃塚さん、ぜひ聞かせてください!」
カツオは身をのりだした。
星乃塚の戦績は19勝無敗――1度もまけたことがないのだ。
プロデビューから6年間、ずっと勝ちつづけている星乃塚だからこそ「無敗の男」について語ることができるのだ。
霧山も、期待した面持(おもも)ちで星乃塚が語りだすのを待っている。
星乃塚は、しばし間(ま)をおいてから、高らかに言った。
「断言する! プロで勝ち残れるボクサーに、無敗の男なんていない!」
「…………」
「だからそういう顔をすんなって。
わかってるよ、無敗の俺が言っても矛盾(むじゅん)してるって思ってるんだろ?」
「はい」
「たしかに戦績を見ると俺は無敗だ。だが、まけたことがないわけじゃない」
「……どういうことですか?」
「練習だよ。スパーのときにまける経験をしておくんだ。そうすることで、本番でまける可能性を大幅(おおはば)に低くすることができるのさ」
「興味ぶかい話ですね! 詳(くわ)しく聞かせてください!」
カツオは、あらためて身をのりだした。
星乃塚はカツオの期待に応(こた)えて言う。
「プロのリングで勝ちつづけるというのは、並大抵(なみたいてい)のことじゃねぇ。相手だってボクシングのプロなんだからな。一癖(ひとくせ)も二癖(ふたくせ)もあるのが当たり前、そんなやつらと試合して勝ちつづけるには、自分の『まけパターン』を知っておく必要がある。
それを知っていれば、本番でその展開にならないようにあらかじめ対策を立てることができる。
また、万が一その展開になってしまった場合でも、はじめて経験するのとちがい、落ち着いて対処することができる」
「なるほど……」
「まける経験をしてなければ、ひとつもとりこぼすことなく勝ちつづけるなんてできやしねぇさ。
ロッキー・マルシアノ。
リカルド・ロペス。
スベン・オットケ。
ジョー・カルザゲ。
ボクシングの歴史のなかには無敗のまま引退したチャンピオンもいるが、彼らが『まけを知らない者』だったとは思えねぇ。
まけることを知っているからこそ、本番では『まけない闘い方』ができた――俺はそう確信してるよ」
「……すごく深い話ですね。ちょっと感動しました」
「俺の場合は、トレーナーがあのドSだからな。
スパーがはじまる前に、あいつ、言いやがるんだよ、
『今日は試合中に右腕を怪我したというシチュエーションでやりましょう。だから今日は左手だけで闘ってください』とか、
『今日はすでに深刻なダメージを受けているというシチュエーションにしましょう。1発でももらったらその時点でまけですので、タオルを投げますよ』とか、
とにかく無茶ぶりばかりしやがるんだ。
いつもおかしな条件つきでやってるから、スパーではしょっちゅうまけてるぜ。あいつは根っからのドSなんだよ。
……ま、そのおかげで本番では勝ちつづけることができてるんだけどな」
星乃塚がそんなふうにスパーリングをしていたなんて、カツオはまったく気づかなかった。目的意識の高い、すごい練習のしかただと思う。
そして、いまの話から、ふだんは文句(もんく)ばかり言っていても本当は神保マネージャーのことを信頼してるのがよくわかった。
「カツオ、スパーでまけることはけっしてマイナスなんかじゃねぇ。その失敗経験を活かして成長できる者にとっては、むしろプラスの出来事(できごと)なんだ。
カツオは、それができる人間になれ。今回の敗北をプラスのエネルギーに変えて、もっともっと強くなれ」
「はい!」
カツオは、大きな声で応えた。
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