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「それはもちろん――」
星乃塚が言おうとしたそのとき、横から霧山が、
「クロス・アームブロックをしているあいだは、攻撃ができないということだ」
と言った。
「ぬわっ!」
星乃塚は目を大きくみひらき、霧山を凝視(ぎょうし)している。
霧山は「さっきのお返しです」と言い、カツオに向かって説明をはじめた。
「クロス・アームブロックに使っている腕は、防御することしかできない。あの拳(こぶし)の位置では即座にパンチを放つことはできないからだ。
そのため、攻撃をするときはいったんクロス・アームブロックを解(と)き、通常の構えにもどさなければならない」
「そうか! だから現代ではやる人がほとんどいないんですね! あの体勢をとると完全に防御だけになってしまうから」
「そのとおりだ。攻防一体のテクニックが発達した現代のボクシングにおいて、防御一辺倒(ぼうぎょ・いっぺんとう)のガードはどうしても敬遠される」
「それじゃ、どうして大賀選手はデメリットがあるのにクロス・アームブロックを多用するんですか?」
「その理由はふたつある。
ひとつは、カツオが速すぎるからだ。ノー・モーションでくりだされるカツオのパンチを、反応してよけるのは不可能だと判断した。だから、デメリットがあるのを承知の上で、顎(あご)をすべてカバーする構え方をとらざるを得なかったのだろう。
そしてもうひとつは、『接近するまでは攻撃しない』という大賀選手の闘い方ゆえだ。
彼は、遠い間合いのときは相手を追い詰めることに専念しているため、たとえ攻撃ができなくても苦にならない。だからこそ両腕を防御だけに使うという割り切った闘い方ができるのだろう」
「なるほど……」
「俺に言わせれば――」
星乃塚が会話にはいってきた。
「相手にクロス・アームブロックの構えをとらせた時点で、カツオは戦術的優位に立ったんだ。あの構えのときは打ってこないとわかってるんだからな。対策の立てようもあるさ」
「具体的には、どんな策があるんですか?」
「それはだな……」
星乃塚はもったいをつけるかのように間(ま)をおき、そして、言った。
「……実際に闘ってみないことには、わからねぇな」
「…………」
「だからそういう顔すんなって。俺の場合は、リングの上で相手と対峙(たいじ)しないといいアイデアがでてこねぇんだよ」
「星乃塚さんって、策士って言われているのに意外と行き当たりばったりなんですね」
「失礼なこと言うな。ひらめき体質と言え」
霧山が、ぷっと吹きだした。
星乃塚は咳払(せきばら)いをし、威厳を見せつけるかのように胸を張った。
「よし、カツオ。最後にひとつ、ためになる話をしてやろう」
「ためになる話、ですか?」
「そうだ。――つまり、『無敗の男の真実』だ」
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