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カツオは一時停止を解除した。
モニターに、スパーリングのつづきが映(うつ)しだされる。
ここからは、カツオにとって観(み)るのがつらい場面ばかりだった。
カツオは速いフットワークを使ってまわり込もうとするが、烈のショートカット・ステップがそれをゆるさない。
カツオは右へ、左へ方向転換するが、そのたびに烈は先まわりをして、カツオの進路をふさいでしまう。
まわり込むことができなくなったカツオは、まっすぐ後退していく。
そして、コーナーポストに追い詰められてしまう。
「まずいな、そこは……」
霧山が声をもらした。
「コーナーはまずい。脚(あし)を完全にとめられてしまう」
カツオは、コーナーという名の死地に追い詰められた。
大賀烈が攻撃を開始する。
左フック――カツオはブロックしたが、重いパンチに吹っ飛ばされるようにしてバランスをくずした。
烈の猛攻。カツオはコーナーに追い詰められた状態で、フックの連打を浴びる。
防戦一方のカツオ――
そのとき、第1ラウンド終了のブザーが鳴る。ゴングに救われたかたちになった。
第2ラウンドがはじまる。
またおなじ展開だった。
カツオは1ラウンド目よりもフットワークのスピードをあげて烈の側面にまわり込もうとするが、烈はショートカット・ステップで先まわりし、カツオの進路をふさいでしまう。
右へ、左へ、方向転換するが、カツオはどうしてもまわり込むことができない。
またしても、カツオはコーナーに追い詰められてしまった。
「くそっ!」
カツオはくやしくて声がもれた。
「なんで気づくことができなかったんだ! 近道をして先まわりしている――たったそれだけの単純なテクニックなのに!」
「ちょっと待て、カツオ!」
霧山が語気(ごき)を強くして言った。
「さっきから簡単とか単純とか言っているが、先回りのステップワークはそんな生易(なまやさ)しいテクニックじゃない。原理は単純であっても、実戦でやるのはむずかしいんだ」
「そのとおりだ」
星乃塚も同意する。
「ショートカット・ステップは、相手が移動しようとしている道すじを正確に読まなければならない。それも闘っている最中(さいちゅう)――相手が高速で移動しながらパンチを打ってくる最中にだ。
これは、一朝一夕(いっちょう・いっせき)でできるようなことじゃないぜ」
「星乃塚さんの言うとおりだ。
実際、大賀選手のショートカット・ステップは、カツオが思うほど成功してはいない。足裁きがぎこちないうえに、進路の読みがあまいせいでカツオのフットワークをなかなかとめられず、距離をちぢめるのに手間(てま)どっている。
おそらく、大賀選手はこのステップワークを教わってはいたが、練習量がたりていなかったのだろう。
……もっとも、四回戦でこのテクニックを使うこと自体、驚異的なのだが」
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