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「クロス・アームブロックの使い方を大きく変えた選手がいる。
ブランクから復帰したあとのジョージ・フォアマンだ」
ジョージ・フォアマンは、モハメド・アリに敗(やぶ)れ、ヘビー級タイトルをうしなったのち、冴(さ)えない試合がつづいた。
そして、1977年3月17日、格下のジミー・ヤングに敗北し、現役をしりぞいた。
しかし、その十年後、フォアマンはリングにもどってきた。
体重は20キロも増え、頭はスキンヘッド、表情はかつての精悍(せいかん)さが嘘(うそ)であるかのようにおだやかでやさしい。
以前のフォアマンとはまるで別人のように変わっており、ボクサーとして闘えるとはとても思えなかった。
だが、フォアマンは勝ちつづけた。
そして45歳のとき、ふたたび世界ヘビー級チャンピオンになった。
この劇的な王座返り咲きは、当時の歴代最年長チャンピオンとして記録された。
星乃塚はつづける。
「十年間のブランクののちに復帰したフォアマンは、アーチー・ムーアをトレーナーに迎えいれた。
ムーアは50歳まで現役でリングにあがりつづけていたからな。壮年(そうねん)期の闘い方を知っている数少ない人物だったんだ。
ムーアは、フォアマンにクロス・アームブロックを伝授した。
フォアマンは、このガードのフォームを完璧にモノにした。
そして、独自の新しい使い方をあみだした。
つまり、こうだ――」
星乃塚は、構えをとった。
腕のかたちはさっきと同じ――腕を上下2列にするガードだ。
しかし、さっきとは異なっているところがある。
前傾せずに上体をまっすぐに起こしている。そしてガードの位置もさっきより高く、顎(あご)全体をおおうようにしている。
「ムーアのクロス・アームブロックは、下からの攻撃を防ぐことに特化し、ウィービングやダッキングと併用(へいよう)するかたちで使っていた。
だがフォアマンは、顎全体をカバーする防御法としてクロス・アームブロックを活用した。これひとつで顎をぜんぶカバーできるから、ウィービングやダッキングを併用する必要はない。
一時的にボディは無防備になっちまうが、しかし絶対的な急所である顎は完璧にガードすることができる。
これは、それまでにない新しいクロス・アームブロックの使い方だった。
だがフォアマンは、顎全体をカバーする防御法としてクロス・アームブロックを活用した。これひとつで顎をぜんぶカバーできるから、ウィービングやダッキングを併用する必要はない。
一時的にボディは無防備になっちまうが、しかし絶対的な急所である顎は完璧にガードすることができる。
これは、それまでにない新しいクロス・アームブロックの使い方だった。
この防御法をあみだしたことによって、フォアマンは年齢によるスピードの衰(おとろ)えを克服した。
自分よりスピードのある若い選手を倒しまくった。
そして、45歳で世界チャンピオンに返り咲くという快挙(かいきょ)を成しとげたのさ」
「なるほど……大賀選手のクロス・アームブロックは、ジョージ・フォアマン式の使い方をしているんですね」
「そういうことだ。
と言っても、彼の場合はちょっと特殊で、顔の前で腕を交差させてX字型に構えている。おそらく片倉さんの指導によるものだろうな。
腕が交差してるんで、名称どおりのガードのしかただよな」
「大賀選手は、なぜ腕を交差させるんですか? 腕を合わせることで何かメリットがあるんですか?」
その疑問に答えたのは、霧山だった。
「腕を合わせるようにして組んだ場合、受けたときの強度が増す。両腕の力を一体化させることになるからだ。
空手の場合は、相手の突きが強烈で、通常の上げ受け(あげ・うけ)ではよけられないときに十字受けを使う。両腕を一体化させる十字受けなら、より強力な防御ができるからだ」
「なるほど……たしかに大賀選手のクロス・アームブロックは、信じられないくらいに固かったです。『受けとめられている』というより『はじき返されている』という感じでした。
あれが、両腕を組み合わせるメリットなんですね」
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更新
2019年3月12日 挿し絵画像を改訂。文章表現を一ヶ所改訂。