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クロス・アームブロックの構え方、使い方
カツオは気持ちを切り替え、映像を再生させた。
画面のなかで、烈の構え方がクロス・アームブロックに変わる。
霧山が「ほう」と感心した声をあげた。
「両腕を完全に交差させるクロス・アームブロックとはめずらしい。まるで空手の十字受け(じゅうじ・うけ)みたいだな」
「そう! そうなんです!」
カツオはまた映像を一時停止にし、興奮して言った。
「大賀選手の構えが変わった瞬間、『クロス・アームブロックだ』って気づいたんですけど、少し違和感があったんです。オレが知っているクロス・アームブロックと何かがちがっているというか……」
カツオの疑問に、星乃塚が答える。
「カツオ、その違和感はまちがいじゃないぜ。彼のクロス・アームブロックはちょっと特殊だからな」
星乃塚はさっと構えをとった。
上体を前かがみにし、右拳を顎(あご)の左側へもっていく。
左拳は右脇へいれるようにして、上下に2列のガードをつくる。
「そう、それです!」
カツオは言った。
「クロス・アームブロックの使い手と言われているアーチー・ムーアやケン・ノートンは、そのガードのしかたなんです!」
カツオは言った。
「クロス・アームブロックの使い手と言われているアーチー・ムーアやケン・ノートンは、そのガードのしかたなんです!」
「名前こそクロス・アームブロックだが、実際に両腕で十字をつくることはあまりないからな」
星乃塚は構えを解(と)き、クロス・アームブロックについての説明をはじめた。
「クロス・アームガードや、クロス・アームディフェンスという言い方もされるこの防御法は、じつは意外とふるくから存在している。グローブの着用が義務づけられ、ボクシングが現代のルールに近くなった19世紀末ごろには、この防御法はすでにあったと言われている。
現代では、さっきやって見せたガードのかたちが一般的なクロス・アームブロックだ。
考案者は、1950年代にライトヘビー級の世界チャンピオンとして活躍したアーチー・ムーア。
顎の下、胸もとのあたりで腕を上下2列にするあのガードのしかたが、クロス・アームブロックの技術として現在に継承されている。
この構え方は、前傾姿勢――クラウチング・スタイルの選手や、ダッキングを多用する選手によって使われてきた。
体勢を低くするボクサーにとってもっとも要注意なのが、下から突きあげてくる攻撃だ。前傾姿勢でこのガードをとると、下からの攻撃――アッパーやボディブローをブロックすることができる。
そして、顔の正面や側面を狙ったパンチ――ストレートやフックに対しては、ウィービングやダッキングを使って空振りさせる。
これが、アーチー・ムーア式のクロス・アームブロックの使い方だ」
「その話を聞いて納得ができました!
クロス・アームブロックの攻略法を見つけるために、モハメド・アリがアーチー・ムーアやケン・ノートンに勝利したときの映像をくり返し観(み)たんですけど、ムーアやノートンはクロス・アームブロックの使い方が大賀選手とはちがっていて、参考にならなかったんです」
アーチー・ムーアやケン・ノートンは、アッパーやボディブローを防ぐためにクロス・アームブロックを使っていた。そのため、顎の正面や側面にはわずかに隙(すき)があった。
アリはそのわずかな隙を狙い撃ちすることで、クロス・アームブロックの名手たちを攻略した。
しかし、アリがやったこの戦法は、大賀烈には通用しない。
アーチー・ムーアやケン・ノートンとはクロス・アームブロックの使い方が異なっているのだ。
カツオのそのもどかしさに応(こた)えるかのように、星乃塚は説明をつづけた。
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