2019年1月14日月曜日

跳び込んで距離を詰めるのは一種の賭けだ(3)

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「それにしても――」
 霧山はあきれ顔で、星乃塚に視線を向けた。
「何が『解説があったほうがおもしろいだろ』ですか。リアルタイムでおもいっきり解説ずみじゃないですか」

 映像からは、あのスパーリングのときにかわされた俊矢(としや)と星乃塚の会話も一緒に再生されている。
 ここまで観(み)るあいだに、星乃塚の声がサークリング・テクニックについて詳(くわ)しく解説をしていた。

 星乃塚は、はっはっはっ、と快活(かいかつ)に笑った。
「だってよ、俊矢がいいリアクションをするもんだから、つい説明したくなっちまうんだよ」

「後輩のせいにしないでください。星乃塚さんの場合は、落ち着きがないだけでしょう」

 カツオは一時停止を解(と)き、映像を再開させた。

 画面のなかでカツオのスピードが際立(きわだ)っていた。四角いリングに円を描くようにして烈の前進をかわし、左ジャブ、ワンツーをクリーンヒットさせる。

「カツオのフットワークは、たしかに速いが――」

 霧山が話しだしたのを受け、カツオは映像を一時停止にした。

 霧山は言う。
「大賀選手が、すり足のような移動のしかたでゆっくりと前へでるだけなのは違和感をおぼえる。
 大賀選手は強打者だと聞いている
 強打者の場合、この展開になるとガゼルパンチなどで跳(と)び込み、一気に間合いを詰めようとするものなのだが……」

「それについては、理由がある――」
 星乃塚が、霧山の疑問に答えて言った。
「向こうのセコンドは片倉衛二(かたくら えいじ)さんだ。あの人が育てたボクサーはけっして跳び込まない。あの人には『接近して闘うのがファイター・タイプ』という持論(じろん)があるんだ。
 跳び込むという行為は一種の賭(か)けだ。カウンターを喰らったら一発でやられちまうからな。
 片倉ボクシングでは、そんなリスクはおかさない。じわじわ距離を詰めていき、接近して得意な間合いになってからパンチを打つ――地味だが、堅実(けんじつ)な闘い方だよ」

「うわぁ、そうなのかぁ!」
 カツオは声をあげて、天をあおいだ。

 星乃塚と霧山が「どうかしたのか」と声をかけてくる。

 カツオは、くやしさを噛みしめながら言った。
「じつは、大賀選手を攻略する方法として、カウンター戦法を有力案として考えていたんです。
 サークリングで遠い間合いをキープしながら、ときおりわざと脚(あし)をとめてみせる。そうすると相手はチャンスだと思い、跳び込んで一気に間合いを詰めようとするはず。そこにカウンターを決めれば、打たれ強い大賀選手でもきっと倒れる――
 それを攻略案として考えていたんですけど、跳び込むことをしないんじゃ、このアイデアは没(ぼつ)ですね」

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ガゼルパンチ……遠い間合いから跳び込んでフックを当てる技。前側の腕で打つフック(オーソドックスの場合は左フック)で跳び込むのが一般的。