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カツオは一時停止を解除した。
画面のなかに、カツオがフットワークを使って烈の周囲を移動する姿が映(うつ)しだされる。
サークリングから左ジャブを放ち、烈の顔面にきれいにヒットする。
「カツオ、いい動きをしてるじゃないか」
霧山が口をひらき、カツオは映像を一時停止にした。
「カツオの全身はあれだけ速く動いているのに、モーションの小さいスナップ・パンチを使うことで、スタミナが減らないようにうまく力を抑(おさ)えている。カツオらしい闘い方ができてるな」
「それがオレのボクシングの生命線ですからね。
相手よりも速く先(さき)に動くけど、スタミナは減らさない。そして、相手がオレのスピードに困惑して、力(りき)んだり、必要以上に速く動こうとしてくれたら、その時点でもうオレの勝ちなんです。
先にスタミナが切れて動けなくなるのは相手のほうなんですから」
「さすが、モハメド・アリを模範(もはん)としているだけのことはあるな」
カツオの闘い方は、全盛期のモハメド・アリそのものだった。
アリはよく「スロー・スターター」と言われたが、スタートがおそいわけでもエンジンがかかりにくいわけでもない。「相手が消耗(しょうもう)して動けなくなるまで勝負にいかない」という戦術上、倒しにいくまでのプロセス(過程)が少し長いだけのことだ。
アリの闘い方は一見(いっけん)するとスタートがおそいように思えるが、実際は、開始直後から自分の勝ちパターンで闘っていたのだ。
この戦術を実行するには、ふたつの要素が不可欠だ。
ひとつは、速いフットワークを使いつづけてもスタミナ切れしない足腰。
これを身につけるためには、走り込みを人一倍おこなって足の筋持久力を養うと同時に、リズミカルなステップを体得する必要がある。
「リズムの非疲労法」という言葉があるように、リズミカルに動くことでスタミナの消耗をおくらせることができるのだ。
もうひとつは、パンチを打つときに瞬発力を抑えた打ち方ができること。
瞬発力をめいっぱい使ってパンチを放つと、筋肉に乳酸がたまり、あっという間(ま)に疲れてしまう。人間の筋肉はそういうふうにできているのだ。
このふたつの要素をかねそなえるのは容易ではないのだが、カツオはそれをものにしている。
日々の妥協(だきょう)のない走り込みと、アリの映像をくり返し観ることによる『見取り稽古』の成果と言えるだろう。
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